オクラホマ州の表彰
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/26 18:13 UTC 版)
「ウィル・ロジャース」の記事における「オクラホマ州の表彰」の解説
ワシントンD.C.アメリカ合衆国議会議事堂の国立彫像ホール・コレクションにオクラホマ州が寄贈した彫像の1体はロジャースのものである。その制作費用は州予算に計上され、彫刻家ジョー・ダビッドソンが粘土で形作り、ベルギーのブリュッセルで青銅像に鋳込まれた。ダビッドソンはロジャースの親友であり、ダビッドソンがいつも彫刻用の頭を探していたので、ロジャースが「ヘッドハンター」という渾名を付けていた。1939年6月6日、2,000人以上の観客の前で除幕され、国立彫像ホールの隣、下院議場入口に面して立っている。議事堂建築監デイビッド・リンは、議事堂でこのように大きな儀式が行われこれほど多くの人が集まったものは無かったと言った。 オクラホマの指導者達が議事堂に収める2つの彫像の一つとして、州を代表するようロジャースに求めたとき、ロジャースは下院議場に面して彫像が置かれるという条件で合意していた。おそらく「議会に常に目を付けていられる」ようにだと考えられている。議事堂のこの部分にある彫像の中で、ロジャースの彫像のみが議場入口を向いている。議事堂の案内人に拠れば、歴代大統領が一般教書演説を行うために議場に入る前に、幸運を願ってロジャースの像の左足を撫でるということである。 オクラホマ州では多くの場所や建物がロジャースに因んで名付けられている。生誕地はオクラホマ州ウーロガーの2マイル (3 km) 東にある。ヴァーディグリス川が溢れてウーロガー湖を作った時に、その家自体は約4分の3マイル (1.2 km) 移動され、当初の場所を見下ろす現在の位置に据えられた。家族の墓は近くのクレアモアにあるウィル・ロジャース記念博物館にあり、そこは1911年にロジャースが余生を過ごすために購入した場所である。1944年、ロジャースの遺体はカリフォルニア州の地下墓所からこの墓に移された。妻のベティがその年遅くに死んだときに、ロジャースの隣に埋葬された。国立彫像ホールに立っているダビッドソンの彫像のコピーをダビッドソンが自費で鋳造し、この博物館に収めた。生誕地と博物館はどちらも公開されている。 オクラホマシティのウィル・ロジャース・ワールド空港はロジャースに因んで名付けられている。またタルサとミズーリ州ジョプリンの間の州間高速道路44号線の部分として知られるウィル・ロジャース・ターンパイクも同様である。オクラホマ州ビニタ近くで、州間高速道路の両レーンに跨るマクドナルドの西アンカー外にロジャースの彫像が立っている。ウィル・ロジャース・ワールド空港が最近拡張、改良され、ターミナル正面に馬に跨ったウィル・ロジャースの彫像が置かれた。 オクラホマ州にはウィル・ロジャースの名前を冠した学校が13ある。タルサのウィル・ロジャース高校などである。オクラホマ大学は学生会館の大きな部屋をウィル・ロジャース・ルームと名付けた。アメリカ・ボーイスカウトにはオクラホマ州クリーブランド近くにウィル・ロジャース協議会とウィル・ロジャース・スカウト保留地がある。
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