アングロ=ノルマン語の特徴
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「アングロ=ノルマン語」の記事における「アングロ=ノルマン語の特徴」の解説
他のオイル語方言と同様、アングロ=ノルマン語も、文法、発音、語彙面において、後にパリ=フランス語となる中央ガロ・ロマンス語に付随して発達した。ここで重要なのは、1539年のヴィレル・コトレ布告(Ordinance of Villers-Cotterêts)署名以前にはもちろん、1539年からかなり経った後でも、フランス語はフランス王国の公式の行政用語として標準的に用いられてはいなかったことである。 中英語はアングロ=ノルマン語から強い影響を受けた。語源辞書にはアングロ=ノルマン語の英語への影響が記述されていないことが多いこと、フランス語から英語への語の伝播をアングロ=ノルマン語を経由して説明できること、また1066年から1200年ごろにかけての主として英語による文書記録は欠落しているが、アングロ=ノルマン語はその間隙を埋めうるものであることから、語源学者ウィリアム・ロズウェルはアングロ=ノルマン語を英語語源学における「ミッシングリンク」を埋めるものと呼んでいる。 アングロ=ノルマン語の語形態と発音は、英語に残る痕跡から推定され、多くの場合フランス語との比較も用いられる。この比較対照によって英語は多くの二重語を持っていることが分かる。 warranty(保証) - guarantee(保証) warden(番人) - guardian(保護者) glamour(魅力) - grammar(文法、下記参照) catch(つかまえる) - chase(追いかける、下記参照) 以下のような対応もみられる。 wage(報酬、アングロ・ノルマン語) - gage(担保、フランス語) wait(待つ) - guetter (見張る、フランス語) war(戦争、アングロ・ノルマン語 werre より) - guerre(戦争、フランス語) wicket(窓口、アングロ・ノルマン語) - guichet (窓口、フランス語) 前舌母音の前の軟口蓋子音の口蓋音化により、ノルマン語では、のちにフランス語になるオイル語中部方言とは異なる変化を生じた。よってたとえば英語では、ノルマン語のféchounからfashion(流行)となったのに対し現代フランス語ではfaçon(流儀)となった。 母音/a/の前の軟口蓋音の口蓋化はフランス語には生じたが、ジョレ線(Joret line)以北のノルマン語には生じなかった。その結果英語では軟口蓋破裂音を保持したが、フランス語では摩擦音に変化した。 英語< ノルマン語= フランス語cabbage < caboche = chou(キャベツ) candle < caundèle = chandelle(ろうそく) castle < caste(l) = château(城) cauldron(大釜) < caudron = chaudron(鍋) causeway < cauchie = chaussée(道路) catch(捕まえる) < cachi = chasser(狩る) cater(飲食を提供する) < acater = acheter(買う) wicket < viquet = guichet(窓口) plank < pllanque = planche(板) pocket < pouquette = poche(ポケット) fork < fouorque = fourche(熊手) garden < gardin = jardin(庭) captain(船長)、kennel(犬小屋)、cattle(ウシ)、canvas(キャンバス)なども、フランス語で失われたラテン語由来の/k/音が、ノルマン語では保持されていたことを示す例である。 ただし一部には英語に取り入れられた後で口蓋化した借用語もある。例えばchallengeはノルマン語ではcalonge、中英語ではkalangeまたはkalengeであり、のちに口蓋化してchalangeとなった。フランス語では古フランス語の段階からすでにchallenge、chalongeのように口蓋化している。 母音にも違いがあり、パリ=フランス語のprofond(深い)、son(音)、rond(丸い)に対しアングロ=ノルマン語ではprofound、soun、roundとなっている。アングロ=ノルマン語ではもともと'プロフーンド'、'スーン'、'ルーンド'のように発音された(現代ノルマン語でも同様に母音が非鼻音化している)が、のちに現代英語のような発音に変化した。 ノルマン人によってフランス語からもたらされたアングロ=ノルマン語の単語の多くは、フランスで起きた音声変化の影響を受けなかったため、英語では古い時代の発音を保持していることがある。たとえば、中世フランス語では'ch'の発音は/tʃ/だったが、現代フランス語では/ʃ/となっている。しかし英語ではchamber(部屋)、chain(鎖)、chase(追跡)、exchequer(大蔵省)のように古い時代の発音が保たれている。 同様に'j'は古い時代には/dʒ/であり、英語や現代ノルマン語の方言の一部でも/dʒ/と発音するが、現代フランス語では/ʒ/音に変化した。 veil(ヴェール)やleisure(余暇)は/ei/という音を保持している(現代ノルマン語のvaile、laîsiも同様)が、フランス語(voile、loisir)では/wɑː/に置き換わった。 mushroom(キノコ)、cushion(クッション)は後部歯茎摩擦音/ʃ/を保持しているが、フランス語mousseron、coussinでは正書法上からもその痕跡が消えてしまっている。逆にsugar(砂糖)は、綴りはフランス語のsucreと部分的に同じだが、発音はノルマン語のchucreに似ている。元の音はバスク語のsのような、/s/音と/ʃ/音の中間の舌尖歯擦音であったのかもしれない。 姉妹語のcatch(つかむ)とchase(追う)はどちらも俗ラテン語のcaptiare(とる)から派生した言葉であるが、catchはノルマン語における軟口蓋音の発達を反映しているのに対し、chaseはフランス語から入り意味も異なる語である。 アングロ=ノルマン語とフランス語の間の意味の違いにより、現代英語と現代フランス語の間には、形態が似ているが意味が異なる多数の空似言葉を生じた。 英語におけるゲルマン語、特にスカンジナヴィア起源の語彙を検討していくと興味深いことが分かる。ノルマン語はロマンス語族に属するが、ゲルマン語派に属するノルド語から多数の語彙を借用しているため、アングロ=ノルマン語としてイングランドに流入した語の中にはゲルマン語起源のものも含まれる。実際、flock(群れ、ノルマン・コンクエスト以前に存在したゲルマン語起源の英語)とflloquet(ゲルマン語起源のノルマン語)のように、起源を同じくする語を見つけることができる。mug(マグカップ)のような例では、ある場合に、すでにスカンジナヴィア語から受けていた言語的影響をアングロ・ノルマン語がさらに強めた可能性があることを示している。mugという語はヴァイキング入植により英語の北部方言に入っており、他方ノルマン人(ノルド人)によってノルマンディーにも流入していたが、そのノルマンディーのmugがノルマン・コンクエストにより英語の南部方言に入りその後他の方言に浸透した。英語のmugはアングロ=ノルマン語におけるゲルマン語の複雑な痕跡を示す例となっているといえる。 現代の英語表現の中にはアングロ=ノルマン語に起源を持つものも多い。たとえばbefore-hand(前もって)はアングロ=ノルマン語のavaunt-mainから派生したものである。ほかにも興味深い語源を持つ語は多くあり、mortgage(抵当)はアングロ=ノルマン語で「死+報酬」を意味する。curfew(消灯時間)は「覆い+火」であり、夜間、すべての火に覆いをかけられる時間のことを指した。glamour(魅力)はアングロ=ノルマン語のgrammeireから派生した語で、魅力に乏しいかもしれないが、現代英語のgrammar(文法)の語源でもある。中世のglamourは魔法や呪文を意味したと考えられている。 アングロ=ノルマン語の影響はほぼ一方向的で、ノルマン朝時代の大陸領土に英語が流入した例はごくわずかである。ノルマンディー・コタンタン半島で用いられる行政用語forlenc(furrow(うね)より。furlongハロンも参照)や、19世紀のメートル法導入までノルマンディーで土地の計量単位として広く用いられたacre(エーカー)などの例がある。ほかに英語が大陸ノルマン語へ直接影響を与えた例(smuggle(密輸する)を意味するsmoglerなど)もあるが、これはアングロ=ノルマン語が媒介したというよりは、むしろ後代の、英語との直接接触によるものである。
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