しもきた天狗まつりとは? わかりやすく解説

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しもきた天狗まつり

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/25 23:35 UTC 版)

真龍寺 (世田谷区)」の記事における「しもきた天狗まつり」の解説

真龍寺は、毎年節分時期行われる「しもきた天狗まつり」のメインイベント、「天下一天狗道中」の起点及び終点となっている。天下一天狗道中は大天狗小天狗烏天狗山伏福男や福女などが行列をなし、最後尾には普段天狗堂鎮座している巨大な天狗の面山車乗って随行するほら貝太鼓の音に合わせて下北沢駅北口近辺商店街など練り歩いて豆を撒くが、このときの掛け声は「福は内」を3回繰り返すのみで「鬼は外」とは絶対に言わない。これは真龍寺開山伊藤道海が、「心の中に福を満たせば、鬼は自ら退散していく」と教えていたことに拠るという。 天狗道自体は、真龍寺建立当初1929年昭和4年)頃から節分会行事として開運厄除け願って行われていた。第二次世界大戦開戦前はかなり遠方まで出かけていたといい、大戦中も道中中断することなく続けられてきた。東京オリンピック開催前後に起こって日本各地広まった建設ブーム影響受けて道路ダンプカートラックなどの通行優先となり、街なか大勢練り歩く行事には警察許可下りなくなった。そのため、天狗道中は街頭で行列取りやめて真龍寺境内のみで行われていた。 年月過ぎてダンプカートラックなどの通行優先だった時代から歩行者優先時代に変わると、天狗道中を復活させようという動き出てきた。この動き中心になったのは、当時商店街青年部メンバーたちであった。彼らは地域ぐるみの一大イベントとして天狗道中を復活させよう考え真龍寺側もそれに賛同した1977年昭和52年)、天狗道中は「しもきた天狗まつり」のメインイベントとして復活した。もともと節分会催事ということで、しもきた天狗まつりは毎年節分前後金曜日から日曜日にかけて開催されている。初日は「前夜祭」として夜の8時頃から烏天狗商店街飲食店など現れて豆を撒き二日目天下一天狗道中、最終日三日目スタンプラリー景品交換などのイベント実施している。協賛には下北沢商店連合会世田谷区地元小中学校、そして企業など名を連ね、この祭り守り盛り立てている。しもきた天狗まつりは地元名物イベントとして定着し2019年平成31年)の時点84回の開催数えている。

※この「しもきた天狗まつり」の解説は、「真龍寺 (世田谷区)」の解説の一部です。
「しもきた天狗まつり」を含む「真龍寺 (世田谷区)」の記事については、「真龍寺 (世田谷区)」の概要を参照ください。

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