「発祥の地」について
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/21 04:03 UTC 版)
上記概要にもあるように、歌詞は菊池が水沢農学校の生徒だった時に手掛けた。菊池は江刺郡田原村原体(現・岩手県奥州市江刺田原の原体地区)の実家から、北上川にかかる小谷木橋(こやぎはし)を渡り、通学していた。一時期は江刺愛宕(あたご)の下川原地区の下宿に住んでいたこともあり、北上川河畔に位置する下川原から学校まで北上川沿いが通学路だったと思われる。 このことから、主に奥州市江刺や水沢にかけての北上川流域一帯の情景や青春時代の情熱が歌詞のモチーフになったと思われる。 しかし曲名の「北上」が、同じ岩手県の北上川流域の都市北上市の市名と同じであり、さらに上記概要の後段に記載のとおり観光名所展勝地の歌碑、新幹線の車内チャイム、歌唱コンクールの存在などによって、「北上市が北上夜曲の発祥の地」と広く認識されている節がある。北上市の市名は1954年4月の昭和の大合併時に新規に付けられたもので、菊池の作詞はそれよりも前の1940年12月である。 菊池が青春時代を過ごし、歌詞のモチーフとなった奥州市内には桜木橋の江刺側と、小谷木橋(現・新小谷木橋)近くの北上川河川敷内(水沢リバーサイドゴルフ場隣接地)の2カ所に「発祥の地」と位置付けた歌碑(詩碑)がある。
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