誤謬 概説

誤謬

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/07 01:26 UTC 版)

概説

アリストテレスのころから、非形式的誤謬はその間違いの根源がどこにあるかによっていくつかに分類されてきた。「関連性の誤謬」、「推論に関する誤謬」、「曖昧さによる誤謬」などがある。同様の誤謬の分類は議論学によってももたらされている[2]議論学では、論証(論争)は合意を形成するための個人間の対話プロトコルとみなされる。このプロトコルには守るべきルールがあり、それを破ったときに誤謬が生まれる。以下に挙げる誤謬の多くは、このような意味で理解可能である。[要出典]

個々の論証における誤謬を認識することは難しい。というのも、修辞技法的パターンによって表明間の論理的つながりが分かりにくくなっていることが多いためである。誤謬は、対話者の感情や知性や心理的弱さにつけこむ。論理的誤謬をよく知ることで、そのような状況に陥る可能性が減るのである。誤謬は相手に影響を与えたり信念を変えさせたりすることを目的としてコミュニケーションの技法として利用されることが多い(詭弁)。マスメディアに見られる例は、プロパガンダ広告政治、ニュース番組での意見表明などがあるが、それだけに限定されるものではない。[要出典]

人間が誤謬に陥るのは、それ一面もっともらしさを持っていることによってのみで、ウソでも、デマでもそれがデマであり、ウソであることを知っていて信ずる者はいない[3]

形式的誤謬

論理学において、「形式的誤謬」 (formal fallacy) あるいは「論理的誤謬」 (logical fallacy) とは、推論パターンが常にまたはほとんどの場合に間違っているものをいう。これは論証の構造そのものに瑕疵があるために、論証全体として妥当性がなくなることを意味する。一方、非形式的誤謬は形式的には妥当だが、前提が偽であるために全体として偽となるものをいう。[要出典]

誤謬という用語は、問題が形式にあるか否かに拘らず、問題のある論証全般を意味することが多い。[要出典]

演繹的主張に形式的誤謬があっても、その前提や結論が間違っているとは言えない。どちらも真であったとしても、結論と前提の論理的関係に問題があるため、論証全体としては誤謬とされる。演繹的でない主張であっても形式的誤謬が内在することはありうる。例えば、帰納的主張に確率因果の原理を間違って適用することも形式的誤謬に数えられる。[要出典]

形式的誤謬の例

連言錯誤
形式的には2つの事象AとBについて、不等式を
この節は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。このテンプレートの使い方
出典検索?"誤謬" – ニュース · 書籍 · スカラー · CiNii · J-STAGE · NDL · dlib.jp · ジャパンサーチ · TWL
2022年11月

非形式論理学において、「非形式的誤謬」 (informal fallacy) とは、論証における推論に何らかの間違いのある論証パターンを指す。形式的誤謬のように数理論理学的に論理式で表せる誤謬ではなく、自然言語による妥当に見える推論に非形式的誤謬は存在する。演繹における非形式的誤謬は妥当な形式でも言外の前提によって発生する。つまり、演繹における非形式的誤謬は一見して妥当に見え、その主張自体は健全に見えるが、隠された前提に間違いがある。[要出典]

帰納的非形式的誤謬は全く違ったアプローチが必要であり、論証に含まれる推計統計学的な部分が問題となる。例えば、「早まった一般化」の誤謬は以下のように表される。[要出典]

s は P であり、かつ s は Q である。
従って、全ての P は Q である。

これにさらに前提を追加すると次のようになる。

任意の X と 任意の Φ について、X が P でありかつ X が Φ なら、全ての P は Φ である。

このようにするとこの主張は演繹的となり、これが誤謬なら、追加された前提は偽である。このような手法は帰納と演繹の違いを無くす傾向がある。推論の原則(演繹的か帰納的か)と論証の前提を区別することは重要である。[要出典]

非形式的誤謬の例

公正世界誤謬
全ての正義は最終的には報われ、全ての罪は最終的には罰せられる、と考える。「我欲に天罰が下った」「ハンセン病に罹患するのは宿を負ったものが輪廻転生したからだ」「カーストが低いのは前世でカルマが悪かったからだ」など、加害者や天災に原因を求めるよりも被害者や犠牲者の「罪」を非難する。
早まった一般化
十分な論拠がない状態で演繹的な一般化を行うこと。「1, 2, 3, 4, 5, 6はいずれも120の約数だ。よってすべての整数は120の約数である」。
誤った二分法
選択肢をいくつか提示し、それ以外に選択肢がないという前提で議論を進めること。例えば、多重債務者の「このまま借金取りに悩まされる人生を送るか、自殺するか、二つに一つだ」という思考。すなわち、自己破産という選択肢を除外している。
間違った類推
重大な相違を無視して事象の類似性に基づいて論証(類推)すること。「酒とコーヒーは似たような嗜好品だ。飲酒は法律で規制されている。よってコーヒーを飲むのは法律で規制されているはずだ」。
例外の撲滅(en)
例外を無視した一般化を元に論旨を展開すること。「ナイフで人に傷をつけるのは犯罪だ。外科医はナイフで人に傷をつける。従って、外科医は犯罪者だ」。
偏りのある標本
母集団から見て偏った例(標本)だけから結論を導くこと。「(日本在住の人が)周囲には黄色人種しかいない。よって世界には黄色人種しかいない」。
相関と因果関係の混同 (擬似相関
相関があるものを短絡的に因果関係があるものとして扱う。「撲滅された病気の数とテレビの普及には相関がある。よってテレビが普及すれば病気が撲滅される」
  • 両者は時間の経過により独立に進んだだけだが、数値上は両者に相関ができてしまうので、因果関係があるかのような勘違いをしてしまった。
前後即因果の誤謬 (:post hoc ergo propter hoc)
A が起きてから B が起きたという事実を捉えて、A が B の原因であると早合点すること。呪術と病気の治癒は因果関係ではなく前後関係である。
滑り坂論法(en)
風が吹けば桶屋が儲かる」的な論法で、何らかの事物の危険性を主張すること。ドミノ理論。必ずしも誤謬とは限らない。「風が吹けば桶屋が儲かる」という諺は誤謬といってもよいが、「第一次世界大戦ロシア軍が劣勢になるとコーカサスバイソン絶滅する」という一連の事象はそれぞれ実際に起こった事態であり、(ロシア皇室は絶滅の危機にあったコーカサスバイソンを保護していたために)因果関係があった可能性がある。しかし、ロシア皇室がコーカサスバイソンを保護した時点で保護を必要とするほどに絶滅傾向にあったためこれも確実とは言い切ることはできない(複雑で迂遠な因果で結ばれた遠くはなれた二点の事象自体はバタフライ効果と言ってその存在が指摘される)。
因果関係の逆転
因果関係を逆転させて主張する。例えば「車椅子は危険である。なぜなら、車椅子に乗っている人は事故に遭ったことがあるから」。「バスケットボールの選手は身長が高い。よってバスケットボールをすると背が伸びる」(バスケットボールをしたから背が伸びたとは限らない。もともと背の高い人を選手として採用している可能性もある)。
テキサスの狙撃兵の誤謬
本来相関のないものを相関があるとして扱う。クラスター錯覚ともいう。
その名前は、上官が狙撃兵に腕前を問うたところ、遠くにある壁の標的の真中に命中しているのを指し示したため腕前に感心したが、実は壁の銃痕にあとから標的を描いただけだった、というテキサスジョークに由来する。
論点先取
結論を前提の一部として明示的または暗黙のうちに使った論証。形式的には間違っていないが、結論が前提の一部となっているため、全体として真であるとは言えない。「彼は正直者なんだから、ウソを言うわけないじゃないか」。
曖昧語法 (amphibology)
文法的に曖昧な文形で主張をすること。「十代の若者に自動車を運転させるべきではない。それを許すのは非常に危険だ」という文章では、若者が危険な目にあうと言っているのか、若者が他者を危険にさらすと言っているのか曖昧である。
多義語の誤謬 (equivocation)
複数の意味をもつ語を使って三段論法を組み立てること。例えば、「車(自動車)の運転には免許が必要だ。自転車は車(車両)である。したがって自転車の運転には免許が必要だ」。(媒概念曖昧の虚偽も参照)
連続性の虚偽
術語の曖昧性により常識的な認識とのズレが生じる誤謬。「砂山のパラドックス」、「テセウスの船」とも。「砂山から砂粒を一つ取り出しても、砂山のままである。さらにもう一粒取り出しても砂山である。したがって砂山からいくら砂粒を取り出しても砂山は砂山である」。
多重質問の誤謬
質問の前提に証明されていない事柄が含まれており、「はい」と答えても「いいえ」と答えてもその前提を認めたことになるという質問形式。「君はまだ天動説を信じてるのかね?」という質問は、「はい」でも「いいえ」でも「過去に天動説を信じていた」という暗黙の前提を認めたことになる。

注釈

  1. ^ 荒木 (1922) は、「Fallacyの訳語は色々ある、似而非推論、誤謬、謬論、過誤論、論過、謬見、不正論、謬見、相似、虚偽等であってまちまちである、適当な訳語に苦んでいるように思われる、著者は「曲論」と訳した。」と述べる[1]。この他に、心理学用語等では「錯誤」とも訳されるが、この二字はerrorの訳語にも当てられるので紛らわしく、その点は「誤謬」や単に「誤り」とする訳し方も同じ問題がある。最も早く且つ最も普及した訳語は「虚偽」であり、井上哲次郎編『哲学字彙』(1881年)34ページに掲げられ、以来、文部省『学術用語集 論理学編』(大日本図書、1965年)で「虚偽」に統一され、『哲学事典』(平凡社、1971年)に「虚偽」で、『岩波 哲学・思想事典』(岩波書店、1998年)には「虚偽論」で立項されている。
  2. ^ たとえばパスツールは生物の自然発生説を打ち破ったが、これから「いついかなるときでも無生物から生物は発生しない」とするならばそれは誤りである。地球上のある時期には無生物から生物が発生したからである。またニュートン力学は真理であるといっても、それは量子力学や相対性理論の領域まで真理であるのではない。これらの理論はその適用範囲を超えて用いられるならたちまち誤謬となる[6]
  3. ^ たとえば光は波と粒子の性質を持つとされるが、光は波動であるとすればそれは誤りであり、粒子であるとしても誤りである。両者を折衷しても問題は解決しない[9]

出典

  1. ^ 荒木, 良造『詭弁と其研究』内外出版、東京、1922年https://dl.ndl.go.jp/pid/969196/1/6 
  2. ^ (Grootendorst van Eemeren (1992), p.[要ページ番号]
  3. ^ a b 板倉聖宣 1953, pp. 66–67.
  4. ^ 麻柄啓一 1988.
  5. ^ 板倉聖宣 1953, p. 67.
  6. ^ 板倉聖宣 1953, p. 68.
  7. ^ 板倉聖宣 1953, pp. 69–70.
  8. ^ 板倉聖宣 1953, p. 70.
  9. ^ a b 板倉聖宣 1953, p. 71.






誤謬と同じ種類の言葉


品詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「誤謬」の関連用語

1
誤謬し 活用形辞書
100% |||||

2
誤謬しろ 活用形辞書
100% |||||

3
誤謬せよ 活用形辞書
100% |||||

4
誤謬できる 活用形辞書
100% |||||

5
誤謬的な 活用形辞書
100% |||||

6
誤謬的なる 活用形辞書
100% |||||

7
誤謬的に 活用形辞書
100% |||||

8
誤謬さす 活用形辞書
98% |||||

9
誤謬させる 活用形辞書
98% |||||

10
誤謬され 活用形辞書
98% |||||

誤謬のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



誤謬のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの誤謬 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS