杏林大病院割りばし死事件 杏林大病院割りばし死事件の概要

杏林大病院割りばし死事件

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/19 14:45 UTC 版)

経緯

事故発生

1999年平成11年)7月10日(土曜日)、男児が兄と一緒に教員である母親に連れられて、東京都杉並区で行われた盆踊り大会に遊びに来ていた。男児と兄は綿菓子をもらって食べていたが、母親は、兄に「(男児を)見ていてね」と伝え、チケットを手に入れるためその場を離れた[5]。男児は綿菓子の割り箸を咥えたまま走っていたところ、午後6時5分ごろ、うつぶせに転倒し、その弾みで咥えていた割り箸が喉に刺さった[1]。刺さったときに割り箸は折れたが、男児は自力で割り箸を引き抜き[5]、引き抜いた割り箸の所在は不明となった。受傷時、一時的な軽度の意識障害が見られたが、その後すぐに意識を取り戻した。

診察

男児は保健室に運ばれ、そこで看護師口蓋にへこみのような傷があるのを確認したが、出血は完全に止まっていた。午後6時11分、現場に救急隊が到着、救急隊長は傷口の出血はにじむ程度で、舌に血液の付着があることを確認した。受傷時の軽度意識障害は救急隊員には伝えられなかったが、救急隊は男児は意識清明と判断した[5]。午後6時20分、救急車で搬送され、午後6時40分ごろ、三鷹市杏林大学医学部付属病院高度救命救急センターを受診した。救急隊長と病院看護師は再び一緒に傷口の確認をした。病院看護師も特別な意識レベル低下を感じなかった。

6時50分頃、耳鼻咽喉科の医師の診察を受けた[1]。その際、医師は母親から「転んで割り箸で喉を突いた」旨を説明されたが、割り箸が折れた事実は誰からも知らされなかった[5]。医師は受傷部位を視診・触診したが、傷口の深さは不明だったが、裂傷があるものの小さく止血されており、硬いものなどが触れることもなかった。救急車内や待合室で嘔吐はあったものの意識・呼吸に問題なく、四肢の麻痺など神経症状もなかったことから、医師は軽傷と判断した。そして、喉の傷を消毒、薬を塗布して、月曜日の外来受診および何かあったとき病院への連絡あるいは受診を指示し、髄膜炎の可能性も考慮して抗生物質を処方して、午後8時頃に帰宅させた。

容態急変

同日夜間、男児は二度ほど嘔吐した。翌日の7月11日午前6時ごろ、打ち上げから帰宅した母親が男児に声をかけたところ、まぶたや唇に動きがあった。その後母親は寝入ってしまった[5]

午前7時半ごろ、男児の容態がおかしいことに兄が気づき、母親はただちに救急要請した。救急隊到着時には男児は既に心肺停止状態となっていた。午前8時15分ごろ、再び同院に救急搬送され蘇生処置が施されたものの、午前9時2分に男児の死亡が確認された[6][1]。心肺蘇生中、2名の医師が軟口蓋の傷を視診及び触診したが、異物等は確認できなかった。死亡後、割り箸の残存も疑われ頭部CTが施行されたが、それでも割り箸の有無などは分からず、死因不明であった。杏林大学は異状死として医師法21条に基づき直ちに警察に届け出た。検死警察医も口腔内を観察したが、異物等は発見されなかった[5]

7月12日、司法解剖が行われ、初めて喉の奥に深々と割り箸の破片が刺さっており、小脳まで達していたことが判明した。父親は警察から司法解剖の結果の報告を受け、頭蓋内に割りばし片が残存していたことを知り、警察に対してその事実を母親に伝えないよう依頼した。7月13日、大学は記者会見を開き、事故が公となった[4]。その約2週間後、母親は父親から男児の頭蓋内に割りばし片が残存していたことを伝えられた[5]

裁判

刑事訴訟

2000年7月、警視庁は診察に当たった耳鼻咽喉科の医師を業務上過失致死などの容疑で書類送検し、2002年8月に東京地検在宅起訴した[1]。また医師が後でカルテに情報を書き加えたことが発覚し、自分の落ち度を取り繕おうとしたカルテ改ざん疑惑も指摘された。2006年3月、東京地裁は、カルテ改ざんの可能性を認めつつ医師の過失(注意義務違反)を指摘した上で、死亡との因果関係を否定し救命は困難だったとして無罪判決を下した。検察側は第一審の判決を不服として控訴[1]、第二審が開かれたが、2008年11月の判決では、カルテの加筆は改ざん意図はないとする医師側の主張を認めたのみならず、医師の注意義務違反による過失そのものが否定されて無罪の判決が下り、被告人側の主張が全面的に認められた形となった。遺族は上告を希望した[7]が、12月検察は断念、東京高検鈴木和宏次席検事が会見を開き「上告理由が見いだせない」と述べ、被告人の無罪が確定した[3]

民事訴訟

また、両親は2000年に民事訴訟を起こし、病院側と医師を相手取り総額8960万円の損害賠償を求め東京地裁に提訴した。2008年2月、第一審判決では医師の診察に過失はなく、延命の可能性は認められないとされ棄却された[5]2009年4月に第二審でも同様の事実認定のもと棄却され[8]、遺族は上告をしない方針となり、一連の裁判は終結した[9]


  1. ^ a b c d e f 読売新聞社会部『ドキュメント検察官…揺れ動く「正義」』(初版)中央公論新社中公新書〉(原著2006年9月25日)、p. 182頁。ISBN 9784121018656 
  2. ^ 橋本佳子. “新着レポートインタビューオピニオン地域情報(県別)スペシャル企画医師調査臨床賛否両論 医療維新 “割りばし事件”、無罪に導いた医師証人、経験を語る”. 2018年12月9日閲覧。(要登録)
  3. ^ a b 割りばし死事故、担当医、無罪確定へ/東京高検が上告断念”. 京都府保険医協会 (2008年12月5日). 2020年1月15日閲覧。
  4. ^ a b c 橋本佳子 2009, vol1.
  5. ^ a b c d e f g h i j 平成20年2月12日判決言渡同日原本領収裁判所書記官 平成12年(ワ)第21303号損害賠償請求事件
  6. ^ 「「割りばし事故」で医師無責刑事・民事で過失判断に違い」『日経メディカル』2008年5月。 
  7. ^ 亀甲綾乃 (2008年11月20日). “一審では認定された医師の過失も否定“割りばし事故”二審も医師に無罪判決”. 日経メディカルオンライン. https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/hotnews/int/200811/508605.html 2009年7月19日閲覧。 (要登録)
  8. ^ a b 橋本佳子 2009, vol2.
  9. ^ “割りばし死亡訴訟、2審も訴え退ける”. TBS. (2009年4月15日). オリジナルの2009年4月19日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20090419174505/http://news.tbs.co.jp/20090415/newseye/tbs_newseye4108935.html 2009年7月19日閲覧。 
  10. ^ a b “「謝罪して欲しい」両親ら痛切 男児割りばし死亡事件”. 朝日新聞. (2008年11月21日). オリジナルの2008年12月2日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20081202025444/http://www.asahi.com/national/update/1120/TKY200811200282.html 2009年7月19日閲覧。 
  11. ^ 吉澤信夫「歴史に学ぶ歯科医療の打開(Ⅵ) 医療と法の関係と歯科的課題」『歯科学報』第111巻第7号、2011年、584頁。 
  12. ^ a b c 長谷川誠 (2009年6月18日). “「割りばし事件」に対する報道はペンの暴力”. 日経メディカルオンライン. https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/opinion/orgnl/200906/511235.html 2009年7月9日閲覧。 (要登録)
  13. ^ 吉澤信夫「歴史に学ぶ歯科医療の打開」(PDF)『歯科学報』、東京歯科大学、2011年。 
  14. ^ 小松秀樹『医療の限界』新潮社、2007年、33-34頁。ISBN 9784106102189 
  15. ^ a b c 橋本佳子 2009, vol4.


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