狐
『今昔物語集』巻27-29 源雅通中将の家に同じ姿形の乳母2人が現れ、中に幼児を置き、左右の手足を取って引き合う。一方は狐であろうと考えた中将が、刀をひらめかして走りかかると、1人の乳母はかき消すように失せた。
『遠野物語』(柳田国男)94 菊蔵という男が、姉の家で振る舞われた残りの餅を懐にして、帰る途中で友達の藤七に出会う。藤七が「相撲を取ろう」と誘い、2人はそこで相撲を取る。藤七はいつになく弱く、菊蔵は3度とも勝つが、気がつくと餅がなくなっている。狐が藤七に化けて餅を取ったのだった。
『義経千本桜』「道行初音旅」 源義経が、朝廷から下賜された重宝初音の鼓を静御前に預けて別れる。鼓の皮となった狐の子が、家臣佐藤忠信に化けて静御前につき従い、守護する。
*狐が妻に化ける→〔二人妻〕8aの『今昔物語集』巻27-39。
『玉水物語』(御伽草子) 雄狐が、高柳宰相の姫君を見そめて恋い焦がれる。しかし雄狐は、「狐の身で人間の姫君と交われば、姫君の御身は『いたづら』になる(姫君の命を奪うことになる、あるいは、姫君は人間世界から追放される)」と考え、結婚を断念する。雄狐は女に化けて姫君に仕え、「玉水の前」の名をたまわる。やがて姫君は、帝のもとへ入内する。雄狐は、自分の正体と姫君への思いを書き記して小箱に収め、姫君に渡して姿を消す。
『短夜』(内田百閒) 狐が泥を頭からかぶって女に変身し、葉を集め丸めて赤ん坊を作るのを、「私」は目撃する。狐が婆さんを騙そうとするので、「私」は、「それは狐だ。赤ん坊を青松葉で燻(くす)べれば、葉っぱになるはずだ」と教える。しかし燻べると赤ん坊は死んでしまい、「私」は途方に暮れる→〔坊主頭〕2。
*→〔穴〕7の『九郎蔵狐』(落語)・〔狐〕4の『王子の狐』(落語)。
『狐のためいき』(星新一) 「私」は、伊豆の天城の山に住む狐です。「私」は人間を化かすことができません。人間の苦しさを知っているから。都会の人は、知っていて化かされているのです。「化かされた」と気づくまいと自ら努め、化かされたことを楽しい夢に作り上げずにいられないのです。仲間の狐たちは人間を化かしたことを自慢し合い、「私」をあざけります。明日から「私」も平凡な狐になって、人間を化かしましょうか。でも、「私」にそれができるでしょうか〔*星新一が22歳の時の処女作〕→〔狐女房〕1b。
『東海道中膝栗毛』(十返舎一九)4編上「御油~赤坂」 喜多八が良い宿を取るため先行し、弥次郎兵衛が御油から赤坂までの夜道を1人歩く。ところが喜多八も弥次郎兵衛も、それぞれ「松原に狐が出る」と聞かされる。喜多八は「やっぱり弥次さんと一緒に行こう」と、立ち止まって弥次郎兵衛を待つ。弥次郎兵衛は、松原に立つ喜多八を狐だと思い、縛って赤坂まで連れて行く。
『耳袋』巻之7「狐即坐に仇を報ずる事」 茶師孫兵衛が、寝ている狐を驚かしたことがあった。その後、狐が孫兵衛に化けて庭から表へ行くのを侍たちが見、玄関で待ち伏せると、そこへ本物の孫兵衛がやって来る。孫兵衛は狐と見なされ、棒や箒で打たれる。
『王子の狐』(落語) 狐が女に化けるところを見た男が、この狐を化かそうと考える。男は狐を料理屋に連れこんで飲み食いし、狐を酔わせて逃げる。狐は正体を現し、店の衆に追い出される。翌日、男はたたりを恐れ、牡丹餅を持って狐を見舞う。狐は牡丹餅を「馬糞ではないか?」と疑う。
『閲微草堂筆記』「如是我聞」140「狐に化けた人」 男が或る家の美女を見そめ、3百金を出して妾にし、美女の家に住み込んで仲良く暮らす。まもなく科挙の試験があり、男が試験をすませて帰宅すると、家は荒れ、無人になっていた。或る人が「それは狐だ」と言った。別の人は「それは美女を餌にして男から金を盗み、狐のしわざに見せかけたのだ」と言った。
★6.狐が人を助ける。
『本朝廿四孝』4段目「十種香」「奥庭」 武田勝頼が「花作り蓑吉」と称して、諏訪の長尾(上杉)家に潜入する。長尾謙信は蓑吉の正体を見抜き、塩尻へ使いにやって暗殺しようとする。勝頼の許婚八重垣姫が諏訪明神の法性の兜を手にすると、明神の使いである狐の霊力が乗り移り、姫は諏訪湖の氷上を駈けて勝頼に危急を知らせる。
*→〔昇天〕2の『南総里見八犬伝』第9輯巻之13之14第116~117回。
★7.狐の教え。
尾曳稲荷の伝説 厩橋城築城を命ぜられた大工の棟梁が、利根川べりにたたずんで構想をねっていた。霧の中に狐があらわれ、長い尾を引いて、あちらに行き、こちらに行きして、姿を消した。尾のあとは赤い筋に変わり、厩橋城の図面となった。棟梁はその図面にしたがって立派な城を造り、殿様からほめられた。狐が姿を消したあたりが、今の尾曳稲荷である(群馬県前橋市西片貝町)。
★8.狐に生まれ変わる。
『無門関』(慧開)2「百丈野狐」 仏陀以前の昔、百丈山の修行者が、弟子から「大修行底の人も因果の法則から逃れられないのか」と問われて、「因果を超越することができる」と、誤った答えをした。以来5百生の間、その修行者は野狐の身を受けて、生まれ変わり死に変わりした。
★9.虎の威を借る狐。
『戦国策』第14「楚(1)」172 狐が「天帝は私を、すべての獣の長に任じた」と称し、「嘘だと思うなら私の後からついて来い」と虎に言う。虎が狐の後を歩いて行くと、獣たちはみな逃げ去る。獣たちは虎を見て逃げたのだったが、虎はそれに気づかず「なるほど、皆、狐を恐れている」と思った。
★10a.狐火。
『懶惰の歌留多』(太宰治)「ぬ」 「私」が18歳、高等学校1年生の夏のこと。邑はずれのお稲荷の沼に、毎夜、5つ6つ狐火が燃えるとの噂があり、「私」は自転車に提灯をつけて見に行く。狐火と見えたのは、沼の岸の柳にぶら下げた3個の燈籠で、5人の老爺が酒盛りをしていた。老爺たちも、「私」の自転車の提灯の火を見て、「狐火だと思った」と言って笑った。
★10b.狐の嫁入り。
『夢』(黒澤明)第1話「日照り雨」 日が照っているのに雨が降る。「こんな日には狐の嫁入りがある。けっして見てはならない」と母が言う。しかし「私(5歳ぐらいの男児)」は、杉の林で狐の嫁入り行列を見てしまう。母は「狐が怒って、白鞘の短刀を置いていった。これで腹を切る覚悟で謝りに行け」と言う。「やがて出る虹の下に、狐の家はある」と教えられ、「私」は短刀をかかえて、虹の方へ歩いて行く。
★11.自分以外すべて狐。
『かめれおん日記』(中島敦) 幼い頃、「私」は、世界は自分を除く外みんな狐が化けているのではないか、と疑ったことがある。父も母も含めて、世界すべてが自分を欺(だま)すためにできているのではないかと。そしていつかは、何かの途端に、この魔術の解かれる瞬間が来るのではないかと。今でも、そう考えられないことはない。
*「あなた」以外すべて吸血鬼→〔吸血鬼〕3bの『抑制心』(星新一)。
*狐に化かされ、馬の尻をのぞく→〔穴〕7。
*狐に化かされ、道に迷う→〔迷路〕3の『仙境異聞』(平田篤胤)上-3・『猫町』(萩原朔太郎)。
*狐の尾に火をつける→〔尾〕3aの『イソップ寓話集』283「火を運ぶ狐」・〔尾〕3bの『士師記』第14~15章。
*狐の呼びかけ→〔呼びかけ〕1の狐の風(水木しげる『図説日本妖怪大鑑』)。
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