内田百閒とは?

辞典・百科事典の検索サービス - Weblio辞書

初めての方へ

参加元一覧


用語解説|プロフィール|動画|本・雑誌|文献|商品|全文検索
Weblio 辞書 > 固有名詞の種類 > 人名 > 作家 > 歌人 > 歌人 > 内田百閒の意味・解説 

現代俳句データベース(人名)

現代俳句協会現代俳句協会

内田百閒

内田百閒の俳句

こほろぎの夜鳴いて朝鳴いて昼鳴ける
冬籠り猫が聾になりしよな
夕闇に馬光居る野分哉
少年の頃のこほろぎ今宵も鳴ける
春霜や箒ににたる庵の主
欠伸して鳴る頬骨や秋の風
犬声の人語に似たる暑さ哉
風光る入江のぽんぽん蒸気かな
麗らかや長居の客の膝頭
龍天に昇りしあとの田螺かな
 


ウィキペディア

ウィキペディアウィキペディア

内田百間

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/04 17:10 UTC 版)

内田 百間(うちだ ひゃっけん、1889年明治22年)5月29日 - 1971年昭和46年)4月20日)は、夏目漱石門下の日本の小説家随筆家。本名は内田 榮造。

戦後は筆名を内田 百閒と改めた(読みは同じ。閒は門構えに月、U+9592)。別号は百鬼園(ひゃっきえん)。

「百閒」は、故郷岡山にある旭川の緊急放水路である百間川から取ったもの。別号の「百鬼園」を「借金」の語呂合わせとする説もあるが、本人は一応のところ否定している。

迫り来る得体の知れない恐怖感を表現した小説や、独特なユーモアに富んだ随筆などを得意とした。後輩の芥川龍之介に慕われたほか[1]、師である夏目漱石の縁故から夏目伸六と親交が深かったことでも有名。


  1. ^ 芥川龍之介内田百間氏」『芥川龍之介全集 第十五巻』岩波書店、1997年1月。
  2. ^ 「イヤダカラ、イヤダ」は芸術院会員推薦を辞退する際、当時院長であった高橋誠一郎氏の元へ託したメモがその後簡略化されて伝聞されたものと言われている。
  3. ^ 愛猫「三味線に」酔って電話 独文学者、告白書簡 朝日新聞2011年6月6日
  4. ^ 著者平山三郎は、他に『実歴阿房列車先生』(旺文社文庫)や『阿房列車物語』(論創社)、『詩琴酒の人 百鬼園物語』(小沢書店)などがあり、手紙・座談や『回想の百鬼園先生』(旺文社文庫)を編んだ。


「内田百間」の続きの解説一覧




固有名詞の分類



内田百閒に関連した本


内田百閒に関係した商品


内田百閒のページへのリンク
「内田百閒」の関連用語
内田百閒のお隣キーワード
モバイル
モバイル版のWeblioは、下記のURLからアクセスしてください。
http://m.weblio.jp/
» モバイルで「内田百閒」を見る
_ _   


内田百閒のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
現代俳句協会現代俳句協会
Copyright(C) 現代俳句協会
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの内田百間 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2012 Weblio RSS