1862年
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/03 04:53 UTC 版)
死去
- 1月10日 - サミュエル・コルト、コルト・ファイヤーアームズ創立者(* 1814年)
- 1月18日 - ジョン・タイラー、第10代アメリカ合衆国大統領(* 1790年)
- 2月3日 - ジャン=バティスト・ビオ、物理学者(* 1774年)
- 2月20日 - ウィリー・リンカーン、エイブラハム・リンカーンの三男(* 1850年)
- 3月23日 - カール・ロベルト・ネッセルローデ、ロシア帝国外相(* 1780年)
- 5月6日(文久2年4月8日) - 吉田東洋、土佐藩士(* 1816年)
- 5月6日 - ヘンリー・デイヴィッド・ソロー、作家(* 1817年)
- 5月7日(文久2年4月9日)- 大槻俊斎、蘭方医(* 1806年)
- 5月21日(文久2年4月23日)- 有馬新七、尊皇攘夷派志士(* 1825年)
- 5月29日 - ヘンリー・バックル、歴史学者(* 1821年)
- 6月16日(文久2年5月19日)- 秀ノ山雷五郎、大相撲第9代横綱(* 1808年)
- 7月24日 - マーティン・ヴァン・ビューレン[1]、第8代アメリカ合衆国大統領(* 1782年)
- 9月1日 - フィリップ・カーニー、アメリカ陸軍の軍人(* 1815年)
- 9月3日(文久2年8月10日)- 本因坊秀策、囲碁棋士(* 1829年)
- 9月5日(文久2年8月12日)- 三遊亭圓生 (2代目)、落語家(* 1806年)
- 9月20日(文久2年8月27日)- 長野主膳、国学者・井伊直弼の謀臣(* 1815年)
- 10月17日(文久2年閏8月24日)- 小田海僊、南画家(* 1785年)
- 11月7日 - バハードゥル・シャー2世、第17代ムガル皇帝(* 1775年)
- 11月11日 - ジェイムズ・マディソン・ポーター、第18代アメリカ合衆国陸軍長官(* 1793年)
- 11月16日 - ウィリアム・プレストン、第19代アメリカ合衆国海軍長官(* 1805年)
- 12月5日(文久2年10月14日) - 津軽信順、第10代弘前藩主(* 1800年)
- 1862年のページへのリンク