視覚 視覚情報処理

視覚

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/11/22 21:17 UTC 版)

視覚情報処理

光学系を通じて網膜に投影される網膜像は、三次元世界の物理法則である光学によって決定される。視覚は、網膜像をもとに外界の三次元構造を復元する情報処理とみなせる。そのため、光学によって三次元世界の構造から網膜像が生じるのに対して、視覚は網膜像から外界の三次元構造の推定という逆問題を解いていることになる。このことから、視覚情報処理は逆光学とよばれる。ところが、光学は三次元の外界から二次元の網膜像への対応を決定するため、網膜平面に対して奥行き方向の情報は、網膜像では完全に失われてしまう。したがって、網膜像から外界の構造復元という逆問題は、そもそも理論的に解くことのできない問題である。そのため、視覚情報処理は不良設定問題である。おおまかには不良設定問題は、正しい解を一意に求めることができない問題のことである。不良設定問題は、何らかの制約条件を設けなければ解くことができない。視覚系は外界の構造に関するさまざまな仮定を設けることで、逆問題を解いている。ところが、そもそも視覚情報処理は不良設定であるため、こうした仮定が常に正しいとは限らない。そのため、視覚系が用いている外界についての仮定が、物理的世界での規則と異なっていた場合には、物理的世界の構造を反映しない知覚が得られることになる(錯視)。

網膜像は、外界の構造、光源の位置と性質、観察者と外界の位置関係などによって変化する。ところが多くの場合では、網膜像の変化にもかかわらず、外界の構造を反映する一定した知覚が得られる。視覚のこのような性質を恒常性とよぶ。たとえば照明光の光量が変化して網膜像における平均輝度が上昇しても、物体表面の明るさの知覚は変化しない(明るさの恒常性)。あるいは、物体の網膜像における大きさは、物体と観察者との距離(観察距離)に応じて変化する。しかし、知覚される物体の大きさは、観察距離の影響を受けにくい(大きさの恒常性)。このように、視覚では近刺激そのものの物理的性質が知覚されるのではなく、遠刺激の性質を反映した知覚が得られる。

視覚刺激

物体が網膜において結ぶ像の大きさを、視角によって表現する。視角とは物体の両端から結点に引いた線のなす角度のことである。中心窩からの視角を偏心度とよぶ。視覚系に入力した画像の各点の性質は、輝度によって記述される。輝度と色は、画像の一点のみで決定できる視覚属性であるため、一次属性とよぶ。テクスチャ、運動、両眼視差のように、空間的・時間的に異なる画像の複数の点において定義される視覚属性を、二次属性あるいは高次属性とよぶ。網膜像が空間的周期を持つとき、周期の細かさを空間周波数によって記述する。空間周波数の単位は、c/d(cycle per degree; 視角1度あたりの周期)をとることが多い。時間的周期については、Hzが用いられる。視覚刺激を記述する際には、輝度コントラストの定義として

人間の錐体細胞(S, M, L)と桿体細胞(R)が含む視物質の吸収スペクトル

視覚系の感度は、光の波長によって異なる。ヒト視覚系の視感度は、明所視では555 nmでピーク値をとる。このときの感度を基準として、他の波長の光に対する感度を求めると、可視光全体に対する比視感度が求まる。暗所視では507 nmの光に対して最も感度がよい。暗所では感度曲線が短波長側にシフトしている。この事実をプルキンエシフトとよぶ。放射輝度と視感度をかけ合わせた値を輝度とよぶ。

明所視ではが知覚される。色覚異常者の視感度曲線や等色関数から、分光感度の異なる3種類の光受容器(錐体)が存在することが示唆される(三色説)。健常者の等色関数および2色型色覚異常者の混同色中心から、錐体分光感度を求めることができる。暗所視における光受容器(桿体)は1種類であるため色覚は存在しない。桿体分光感度は暗所視視感度に等しい。

視野

視野とは、視覚刺激が処理できる視角の大きさである。視野は中心窩を基準として測定する。視野の大きさは動物種によって異なる。ヒト健常者の視野は、垂直方向に上側60度、下側75度程度である。水平方向では、単眼の場合、鼻側60度、耳側100度程度である。したがって、両眼で重複する視野が120度程度存在する。このことにより両眼視差が生じており、両眼立体視に寄与している。中心窩を基準に、左右や上下の領域を、左視野、上視野のように呼ぶ。各眼の耳側15度程度の位置に盲点が存在する。中心窩から20度程度の領域を中心視野とよぶ。それ以外の領域を周辺視野とよぶ。一般に中心視野ほど空間分解能が高い。周辺視野では色覚が失われる。視覚障害者ロービジョン)には、視野欠損を示す者が含まれる。

時空間特性

空間周波数特性と視力

視覚系のコントラスト感度を空間周波数ごとに調べたものをコントラスト感度関数 (Contrast Sensitivity Function; CSF) とよぶ。静止刺激に対するヒトのCSFはバンドパス型であり、6 cpd付近で感度が最大になる。低空間周波数での感度低下は神経的原因に由来する。高空間周波数では60 cpdまで感度をもつ。高空間周波数での感度低下は主として光学的原因に由来する。一般にCSFを測定するのは煩雑であるため、光学的異常の検査目的には簡便な視力検査を行う。おおまかには視力は一定のコントラストのもとで刺激が検出できる最大の空間周波数に相当する。

空間周波数チャネル

CSFは単一の機構に由来するのではなく、複数のバンドパス型チャネルによって構成されることが分かっている。各々のチャネルはバンド幅が等しく中心周波数が異なる。チャネルは画像中の空間周波数成分の検出をしているとみなせることから、これらのチャネルを空間周波数チャネルとよぶ。空間周波数は視野ごとに存在すると考えられている。そのため、空間周波数チャネルによる処理は、大局的フーリエ変換のような線型変換ではなく、擬線型な過程とみなせる。

時間周波数特性とCFF

視覚系のコントラスト感度を時間周波数ごとに調べたものを時間的CSFとよぶ。低空間周波数では、CSFは低時間周波数で感度が低下するバンドパス型である。高空間周波数では、ローパス型である。刺激をコントラスト反転したときにフリッカーが知覚されなくなる時間周波数を臨界融合周波数 (Critical Flicker Frequency; CFF) とよぶ。CFFは一定のコントラストのもとで刺激が検出できる最大の時間周波数に相当する。ヒトのCFFは50 Hz程度とされる。

明るさ

  • 鋭角の過大視

奥行きの知覚

網膜は面であるため、網膜に投影される像は二次元である。しかし、人間は三次元空間を知覚している。これは人間が様々な奥行き手がかりをもとに、二次元情報から三次元情報への推定を行っているためである。奥行きの手がかりとして、以下のものが挙げられる。

  • 単眼性のもの
    • 絶対距離
    • 相対距離
      • 網膜像の大きさ(大きいものほど近い)
      • 相対位置(上にあるものは遠く、下にあるものは近い)
      • 重なり(遮蔽されているものが奥にある)
      • 遠近法
      • 運動視差
      • 空気遠近(遠いものほど色の差が乏しくなり、場合によっては更に青色がかる)
      • 明暗関係(バルール
      • 色合い(進出色と後退色)
  • 両眼性のもの(単眼性と重複するものは省略)

  1. ^ 文部省 著、日本心理学会 編『学術用語集 心理学編』日本学術振興会、1986年。ISBN 4-8181-8602-3 
  2. ^ 文部省 著、日本動物学会 編『学術用語集 動物学編』(増訂版)丸善、1988年。ISBN 4-621-03256-9 
  3. ^ a b c 新村 出 編『広辞苑』(第5版)岩波書店、1998年、1141頁。ISBN 978-4000801119 
  4. ^ 日本認知科学会編『認知科学辞典』共立出版 ISBN 4-320-09445-X p.54 北﨑充晃「ヴェクション」
  5. ^ コンピュータビジョンでは、光センサーからの光情報の入力をもとにした処理が行われる。
  6. ^ 新村 出 編『広辞苑』(第5版)岩波書店、1998年、2582頁。ISBN 978-4000801119 
  7. ^ アリストテレス感覚と感覚されるものについて』に引用される。DK.B17
  8. ^ Finger, Stanley (1994). Origins of neuroscience: a history of explorations into brain function. Oxford [Oxfordshire]: Oxford University Press. pp. 67-69. ISBN 978-0-19-506503-9. OCLC 27151391 
  9. ^ ティマイオス』45b-46b
  10. ^ a b 持田辰郎 (2009). “アルハゼンとケプラーにおける視覚像 : ケプラーの残した問題とデカルト・1”. 名古屋学院大学論集 人文・自然科学篇 45-2: 12. https://doi.org/10.15012/00000412. 
  11. ^ (科学の扉)光もたらす人工視覚/網膜を刺激 脳に画像情報■「顔判別」めざす朝日新聞』朝刊2018年11月26日(扉面)2019年9月23日閲覧






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