異端 バラモン教・ヒンドゥー教における異端

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異端

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/10/29 08:56 UTC 版)

バラモン教・ヒンドゥー教における異端

インドには伝統的にはぐくまれた哲学・思想・宗教の体系があり、それはダルシャナなどの名称で呼ばれている[5] が、正統バラモンは、そうしたダルシャナを、ヴェーダ聖典の権威を認めるか否かを基準として区分し、認める思想を サンスクリット: आस्तिक(Āstika、 アースティカ)つまり「正統派」と呼び、ヴェーダに権威を認めない思想を「(नास्तिक nāstika ナースティカ」つまり「異端派」と呼んだ[5]

正統バラモンたちからアースティカの代表格と見なされたのは六派哲学で、その中でもヴェーダ聖典解釈と密接な関係があるミーマーンサーヴェーダーンタを正統の中の正統とする傾向がある[5]

それに対し、ナースティカと見なされたのは、チャールヴァーカ(=唯物論者)、仏教徒ジャイナ教徒だった[5]。古典期においてはバラモンたちは彼らをナースティカとして異端視する傾向が強かった[5]。だが、その後には異なった考え方を可能な限り取り込んでしまおうとする包括主義が見られるようになり、それはヒンドゥー教へと継承され一大特徴となっていった[5]

仏教における異端

仏教においては内道外道という言葉・概念が用いられている。内道がブッダの教えであり、外道がブッダの教えから外れたものである。外道はしばしば具体的に特定されつつ「六師外道」と呼ばれている。これはブッダと同時代の諸思想の中でも特に主だったものを指している。

日本の仏教において見られた 正統/異端 的な対立としては、たとえば浄土真宗(特に一向宗)における「異安心」の排斥、曹洞宗内紛など禅宗の中での流派間での正統/異端の対立、日蓮宗の中での対立 などがあった[4]

儒教における異端

呼称の節でも説明したように、儒者は、儒教以外の思想、つまりなどを指して「異端」と呼んでいた[3]

論語』に次のような表現がある

子曰。攻乎異端。斯害也已

「子曰く、異端を 攻むるは、斯れ害のみ」と読め、自分の考えと異なった考えを攻(責)めているようでは、かえって自分を害することになる、という意味ともされるが、 具体的な意味は不明[5] ともされる。この一文の解釈は註釈者によって相違があり、一つではなく、朱子は『論語註釈』の中で「正統から外れたものを学ぶことは、害にしかならない」と解釈した[要出典]という。

だが上記の表現は『孟子』『荀子』にも見えず、後漢ごろまでこれは注意をひかなかったらしい[3] という。

儒教に対して仏教道教を異端として特定しつつ排斥するような主張が、いったい誰に始まるのか不詳だという[3]。ただ、韓愈の『進学解』には「異端を拒絶し仏老を退ける」との表現はある[3]


注釈

  1. ^ 注. これを現代的な用語では「近接作用論」と言う。デカルトの渦動論も近接作用論である。これに対してアイザック・ニュートンが唱えた万有引力は現代的な用語では「遠隔作用論」に分類される。
  2. ^ フランス(つまり大陸側)の人間であるヴォルテールが、イギリスに滞在した折、重力について(宇宙について)大陸側とイギリス側で全然異なった説明が行われていることを見出して、その感想を語った書簡が残されている。
  3. ^ 18世紀の半ばすぎでも、学問のほとんどは、「philosophy of ...」のように、あくまでフィロソフィアを冠して呼ばれていた。
  4. ^ このような科学者の社会的地位の状況の変遷などに関する歴史的事実は、村上陽一郎の一連の著作で解説されている。
  5. ^ 端的には、フランソワ・マジャンディーの1833年の文献などが指摘されている。それ以前にも若干あった、との指摘もある。
  6. ^ 注 - こうしたことに関する指摘は数々の科学者によって記述されている。例えば日本の一例を挙げると、大槻義彦などが、科学の世界での異端排斥の空気を自著で語っている。大槻はオカルト批判者としてしばしば知られている学者ではあるが、彼自身が自著で語るところによると、本当は少年時からあくまで火の玉に興味があってそれの研究をしたくて物理学を専攻として選ぶことになったが、本当に興味のあることを正直に明かすと科学の世界で生きてゆくこともできそうもなかったので、本当の目的は伏せて仮面をかぶって過ごし、週末に独りで毎週のように火の玉研究のために出けたが、そうした活動をしていることを同窓生・教師などに少しでも知られてしまうとあまりに危険なので、学内のどんなに親しい友人にも一切知らせなかったという。また研究者となっても「オカルト」などのレッテルを貼られてしまうと、猛烈なバッシングにあい、公的な研究助成金も止められ科学者生命が絶たれてしまうことを、その実例なども見て知っており、自分の研究のテーマは(表向き)科学界に受け入れられるものを選ぶなど、苦労に苦労を重ねてアカデミーの世界でなんとか今日まで生き延びてきた、という。(大槻義彦『江原スピリチュアルの大嘘を暴く』鉄人社 2008、後半の章に生々しく語られている)。
  7. ^ 著書『「心理テスト」はウソでした。受けたみんなが馬鹿を見た』で知られる村上宣寛なども、もともとロールシャハテストなどの心理テストに関する(肯定的な)研究などを行っていたが、ある時学会で他の学者から、研究内容を「疑似科学」と非難されるという、学者生命が絶たれそうな危機的な出来事があり、心理テストの間違いなどを指摘するようになった、と著作などに書いている。村上宣寛の場合は、自説をすばやく放棄し、自身の過去の研究の間違いを正しただけでなく、他の学者の説を疑似科学的な要素の排斥を行う書物をさかんに書くようになったことで生き残りを果たしたが、通常は村上のようにはうまく立ち回れず、自己弁護や論争をしているうちに学会で葬り去られてしまうパターンが多い。

出典

  1. ^ a b c 広辞苑 第五版 p.152【異端】
  2. ^ a b デジタル大辞泉
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n 東京大学出版会『宗教学辞典』pp.26-27【異端】
  4. ^ a b c d 東京大学出版会『宗教学辞典』pp.485-486【正統と異端】
  5. ^ a b c d e f g h i j k l 『岩波 哲学思想事典』 pp.921-922【正統と異端】
  6. ^ 正統は原初のものを「正しく受け継ぐ系統」を意味する[要出典][誰?]異端の指摘をされる場合は、受け継がれる系統接続に齟齬があったり原初の解釈に主観的な差が生じたりなどで、客観性が保てなくなった主張が複数ある状態だ[要出典][いつ?] 武芸学問においては、それぞれの主義や主張を排他的に捉えないことが多く、流派、学派などと呼ばれる。[要出典]人を律するための法律や法典、特に成文法では、文字化により明確にすることで本来疑義は生じず異端が生まれる余地はない[要出典]。」 文字に表されたものはどのようなものであれ、初学者には極めて明瞭なもののように思えても、千変万化の具体的事象に適用するに当たっては、すべて不可避的に解釈という問題を生む(→「解釈」を参照)。経典類の解釈も同様である。
  7. ^ 注. 決して「異端が全て宗教改革になる」という意味ではない。宗教改革にならない異端もある。あくまで、「宗教改革を行う人はしばしば当初は異端と見なされる」という意味。 「宗教改革に寄与したのは異端の存在ではなく、異端とされた主張が支持を得て、ある程度の客観性[要出典]を得たからだ。[要検証]
  8. ^ 『フランス・プロテスタント-苦難と栄光の歩み』
  9. ^ 島薗進『何のための「宗教」か?―現代宗教の抑圧と自由』青弓社 1994年
  10. ^ 井門富二夫『カルトの諸相 キリスト教の場合』岩波書店1997年
  11. ^ a b 「三大異端」に言及。- 八木谷涼子『なんでもわかるキリスト教大事典』p184,朝日新聞出版,2012年
  12. ^ 白取春彦『この一冊で「キリスト教」がわかる!―誕生・発展の歴史から世界に与えた影響まで』 三笠書房1999年
  13. ^ 「三大異端」に言及。- 伊藤正孝、市雄貴『血を拒む「エホバの証人」--異端の輝きと悲惨』朝日ジャーナル:第27巻第27号(1985),p22.朝日新聞社
  14. ^ 新カトリック大事典編纂委員会編『新カトリック大事典』1996年
  15. ^ 小野静雄『日本プロテスタント教会史』下 聖恵授産所 p.243
  16. ^ 尾山令仁『聖書の教理』羊群社。
  17. ^ 岡田稔『岡田稔著作集』いのちのことば社
  18. ^ 宇田進『福音主義キリスト教と福音派』
  19. ^ 中村敏『日本キリスト教宣教史』
  20. ^ 小野静雄『日本プロテスタント教会史』上
  21. ^ クラス・ルーニア『現代の宗教改革』小峯書店
  22. ^ 尾山令仁『聖書の教理』羊群社
  23. ^ マーティン・ロイドジョンズ『教会とは何か』いのちのことば社
  24. ^ 岡田稔『キリストの教会』「異端排撃論」p.47-65 小峯書店
  25. ^ 日本伝道会議『京都宣言-解説と注解-』いのちのことば社
  26. ^ 水草修治『ニューエイジの罠』CLC出版
  27. ^ ジョン・ストットローザンヌ誓約-解説と注釈』
  28. ^ 『キリストの教会』p.51
  29. ^ ジョン・グレッサム・メイチェンキリスト教とは何か-リベラリズムとの対決』いのちのことば社。
  30. ^ Witnesses of Hope in an Ecumenical and Inter-religious Surrounding- ローマ教皇庁による2008年4月の公式見解。エホバの証人をプロテスタントのセクト(異端)としている。
  31. ^ ローマ教皇庁教理省 (Congregation for the Doctrine of the Faith)による2001年6月5日の公式見解-全世界のカトリック教会を統率する組織であるローマ教皇庁の教理省は、モルモン教のバプテスマについて、キリストが制定したバプテスマではないことを表明している。
  32. ^ 『JMR調査レポート(2017年4月)』-東京基督教大学 国際宣教センター・日本宣教リサーチの『JMR調査レポート(2017年4月)』では「教義上あるいは信仰の実践上、キリスト教もしくはプロテスタントの一派と見なすことが困難とされるグループや教会」を挙げている。
  33. ^ 『海外の宗教事情に関する調査報告書』p125,平成24年3月,文化庁 -同報告書で、ロシア正教会主教会議による「偽キリスト教セクト、新異教主義、オカルティズムについて」(1994年12月)において取り上げた新宗教について報告している。
  34. ^ The Orthodox Christian and the Heretic- アメリカ正教会「正教会のキリスト教徒と異端者」
  35. ^ 『The Heresy of JEHOVAH'S WITNESSES』H.H. POPE SHENOUDA III, Baramous.Monastery Press, 1993.-シェヌーダ3世 (コプト正教会アレクサンドリア総主教)は「異端・エホバの証人」という書籍を著している。
  36. ^ a b 『岩波 哲学思想事典』 pp.921-922【正統と異端】【イスラーム】 中村廣治郎 執筆
  37. ^ 翻訳本:エルンスト・マッハ『マッハ力学―力学の批判的発展史』講談社 1969 ISBN 4061236512
  38. ^ 『改定版 物理学辞典』 培風館【力】ISBN 456302094X
  39. ^ a b 『ボルツマンの原子―理論物理学の夜明け』青土社、2003、ISBN 4791760166
  40. ^ a b c 出典:平凡社『世界大百科事典』【科学者】村上陽一郎 執筆。また村上陽一郎の一連の著作などで、そのあたりの事実は記述されている。


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