日本の電気式気動車
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/10 07:33 UTC 版)
2000年代以降のハイブリッド・電気式気動車
JR各社では2000年代以降、電気式気動車の可能性を模索する動きが見られるようになった。それは蓄電池を搭載したハイブリッド気動車に始まり、やがてそれよりも低コストな(ハイブリッド方式を採らないタイプの)電気式気動車導入の試みに発展している。
日本で電気式気動車が顧みられるようになったことには、次のような背景がある。
- 性能面:ディーゼルエンジン技術向上によるエンジンの軽量・高効率化が進み、ステンレス素材等による車体の軽量化も進展する一方、軽量な交流モーターや発電機が鉄道車両用に実用化され、電気式気動車が液体式気動車と遜色ない性能を得られるようになった。
- 液体式気動車に対する総合的な優位性:液体式気動車における専用機器類として、液体変速機、変速機と台車間の推進軸(プロペラシャフト)、駆動力を台車内で直角に方向転換する減速機といった装置が挙げられる。これらは日本国内の限られた気動車向けに比較的少数が供給されているに過ぎず、コスト高の原因となっている[注 11]。加えて、走行中に角度を変えながら高速回転する推進軸回りは脱落事故のリスクが付きまとい、安全上問題視されるようになった。電気式気動車は、台車および主電動機、動力伝達装置を電車と共用でき、制御装置や補助機器類についても電車と共通化させやすい。電車の駆動系機器は液体式気動車のそれより格段に量産規模が大きく、台車内でパッケージ化されていて安全性・信頼性にも優れるため、その採用はコスト、メンテナンス面で得策である。
- 技術的拡張性:電気式気動車は、エンジンと駆動系が機械的に切り離されているため、電車同様、システム全体のモジュラー化が容易となる。これにより、ハイブリッド方式の採用や、発電ユニットをエンジンから燃料電池に置き換え得るなど、技術の進展に合わせた拡張性に優れる。
以下、登場時期順に事業者ごと記述する。
JR東日本
東日本旅客鉄道(JR東日本)は鉄道総合技術研究所(JR総研)と共同で2003年(平成15年)、シリーズ方式ハイブリッド気動車キヤE991形(愛称:「NEトレイン (New Energy Train)」)を試作した[注 12]。システム的には電気式気動車に大容量の蓄電池を設けた構造であり、日本における半世紀ぶりの電気式気動車といえる。
キヤE991形による試験の後、世界初の営業用ハイブリッド気動車キハE200形が製造されることになり、2007年夏より小海線に3両を投入し、営業運転との並行で長期試験を行っている[4]。試験結果を受けて、JR東日本ではHB-E300系やHB-E210系などが量産された。
一方で、2018年にはJRで初めてのハイブリッド機構を省略した電気式気動車であるGV-E400系を登場させ、翌2019年に営業運転を開始した。また2021年には事業用車両としてGV-E197系を投入している。
JR北海道
北海道旅客鉄道(JR北海道)では2018年(平成30年)に前述のJR東日本GV-E400形とほぼ同型のH100形を一般形気動車の老朽取り換え用に製作し[5]、走行試験ののち2020年(令和2年)から順次各地で営業運転を開始している。
また、厳密には電気式気動車ではないが、JR北海道はH100形以前に特急型向けにモーターの動力とエンジンの動力を変速機で混合する、MAハイブリッド駆動システムを搭載した気動車の開発を行っていたが[6]、2014年(平成26年)9月10日に開発の中止が発表された[7]。
JR西日本
西日本旅客鉄道(JR西日本)では、2017年春に運行を開始した「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」(87系気動車)でシリーズハイブリッド方式を採用した。
一般型車両では2021年に試行導入されたDEC700形でディーゼル・エレクトリック方式を採用したほか、同じく2021年に導入された総合検測車DEC741形にも同方式を採用している。なお両形式は、蓄電池の追設によりハイブリッド方式に切り替えることもできる設計とされており、DEC700形についてはハイブリッド方式の試験を行うことが公表されている[8]。
JR東海
2017年6月、東海旅客鉄道(JR東海)ではキハ85系気動車の置き換え用となる特急用新型気動車においてシリーズハイブリッド方式を採用することが発表された。形式名はHC85系で、2019年末に量産先行車が日本車輌製造豊川製作所で落成した[9]。長期試験後の2022年度に量産車が投入され[10]、 2022年7月1日に特急「ひだ」でデビューした。
JR九州
2018年1月、九州旅客鉄道(JR九州)が「(非電化区間における)次世代車両」として蓄電池搭載型ディーゼル・エレクトリック車両(ハイブリッド気動車)YC1系を導入することが発表された[11]。2018年6月に川崎重工業兵庫工場で試作編成が落成、納入されている。
形式名について
先述の通り、国鉄では電気式・液体式ともに「キハ」など共通した形式記号を用いていたが、JRグループではそれぞれ異なる付番方式を取っている。
- JR北海道は当初の試作車両ではいずれも「キハ」などの一般的な表記を採用していたが、2020年運行開始のH100形では形式記号が廃されている[注 13]。
- JR東日本は試験車両のキヤE991形およびハイブリッド実用化第1弾のキハE200形では一般的な記号を用いていた。しかしその後の形式では、ハイブリッド方式の車両ではHB-E300系のように「HB」(HyBrid)を、通常の電気式気動車ではGV-E400系のように「GV」(Generating Vehicle)を記号として用いている。
- JR東海のHC85系は、系列名では「HC」(Hybrid Car)を冠しているが、個別形式では「クモハ」など電車に準ずる記号を使用している[12]。
- JR西日本は、2017年の87系では「キイテ」など旧来のものに準じた記号を使用したが、2021年のDEC700形およびDEC741形では「DEC」(Diesel Electric Car)を形式記号とし、併せて形式名の百の位の数字に「7」を使用している。
- JR九州のYC1系では形式記号として「YC」(Yasashikute Chikaramochi)を採用している。
注釈
- ^ 国鉄・JR以外での電気式ディーゼル機関車では、GE(ゼネラル・エレクトリック)の輸出向けナローゲージ用ディーゼル機関車であるU10B形を、1970年に日本車輌でノックダウン生産した55 t機が、釧路市の太平洋石炭販売輸送で2019年の同社線運行終了まで稼働した。
- ^ 日本国外においては機械式の総括制御運転が実用化されていて、液体式に比べ伝達効率が高いため、エネルギーの損失が少ないという特徴を発揮している。デンマークでは実用化に向け200 km/hでの試験走行も行われている。
- ^ 機械式で4両編成を組んだ私鉄の例もあるが、その場合最後尾の1両はエンジンをアイドリングさせた状態で牽引されるトレーラー扱いとなることが多かった。
- ^ 初期の電気式動力伝達車両が出現し始めて間もない1933年(昭和8年)時点で日本の学会誌にも、海外文献(1932年11月)翻訳による情報が紹介されている(「内燃動車の電気式動力傳達方法に付て」機械學會誌193号(1933年5月)p345-347)。この翻訳ではレオナード式、レンプ式、ゲブス式といった欧米諸国で実用化された直流電源制御各種が、既に配線つなぎの略図、基礎理論とともに列挙されている。
- ^ 車端部の運転席横まで座席があり、「先頭部で窓を開けて立ち上がればそのまま頭が窓から突き出す」と評されるほどであった。
- ^ ただし、湯口徹『日本の内燃動車』(成山堂書店 2013年)p74では同車の総括制御の目論見について「成功はせず、単行走行に徹し」と、その試みが失敗に終わったことを示唆する。湯口説が正しければ、付随車サハ1100は完全なトレーラとしての運用のみで、配線引き通しによる中間車としては運用できなかったと考えられる。
- ^ 横堀章一(当時、国鉄鉄道技術研究所次長 のち東急車輛製造に移籍)は1951年後期時点で記述されたと思われる「鉄道に関する展望」(「日本機械学會誌」396号 1952年1月1日発行 p10-17)で「ディーゼル機関車と内燃車両」の項目において「『電気式ディゼル動力』の44000形式(2車編成)と、45000、45500形式(3車編成)が新たに制作されている」と記述しており、電気式気動車製作の企画は1951年中の早期から始まっていた模様である。横堀の記述における「3車編成」用の2形式は、のちのキハ44100・44200の両形式を指すものと見られる。なお横堀の記述では、ヨーロッパで流体式(液体式)動力伝達が研究されていることは言及されているものの、1951年時点では技術的安定・完成に至っていなかった国鉄自身の液体式気動車開発については一切言及されていない。
- ^ 以上の経緯は、岡田誠一『キハ07ものがたり(上)』(2002年 ネコ・パブリッシング)P.36、北畠自身の証言による。岡田は服部朗宏とともに、1950年代当時国鉄運転局車務課に所属していた西尾源太郎に2007年にインタビューを行っている(『国鉄の気動車1950』2007年 鉄道図書刊行会)が、ここで西尾は、1952年当時の総括制御気動車研究における電気式・液体式並立の頃について、北畠ら国鉄工作局陣営が三菱電機の協力の下に電気式44000形を開発し、これに対し運転局列車課長の石原米彦(のち帝都高速度交通営団副総裁)ら運転局陣営が液体式導入を推進したと説明している。しかし、運用に当たる運転局の技術のみでは工作局の動向と無関係に液体式変速システムを導入することは実際問題として不可能で、裏付けとなる検証が求められるところである。
- ^ 九州の国鉄で当時電化されていたのは関門トンネルを挟む下関駅 - 門司駅間だけで、しかも電気機関車牽引列車のみであった。因みに九州に国鉄の電車が初めて運行されるのは、1961年の門司港駅 - 久留米駅間電化の時である。
- ^ 房総地区は国電運行区間に接し、東京駐在の開発技術陣との連携も取りやすかったため、この面での障害は小さかった。
- ^ 鉄道ジャーナル誌の検証では近年の実情につき「日本鉄道車両工業会が明らかにする近年の鉄道車両の国内生産実績において、気動車生産の両数は2011年度8両、2015年度67両、ある程度の置き換え需要があった2019年度ですら106両。このような数字ではもはや産業として成り立つ状況にない」と評する[3]。
- ^ 参考までに日本ではないが、営業用でない(試作車・デモンストレーション車)ハイブリッド気動車では、2000年にアルストムなどが製作した、ドイツ鉄道の618型気動車「コラディア・リレックス」 (Coradia LIREX) の事例が存在する。こちらは電池ではなく、フライホイールにエネルギーを蓄えるシステムである。また、燃料電池の搭載も可能としている。2000年に開催された鉄道技術見本市「イノトランス」で実車が出展された。
- ^ Hは「Hokkaido」の頭文字として採用されており(H5系と同様)、個別の形式記号ではない。
出典
- ^ 白土貞夫『ちばの鉄道一世紀』、崙書房、105 頁
- ^ 以下44000・44100・44200の記述については、平石大貴『キハ17系ディーゼル動車のあゆみ』(鉄道ピクトリアルNo.980(2020年12月)p52-88)に基づく。
- ^ 鉄道ジャーナル編集部「続々登場、『電気式気動車』は電車か気動車か」東洋経済オンライン 2020年8月24日[1]
- ^ 営業車として世界初のハイブリッド鉄道車両の導入 -キハE200形式- (PDF) - JR東日本 プレスリリース(2005年11月8日)
- ^ 新型一般気動車の試作車(量産先行車)について (PDF) - JR北海道 プレスリリース(2017年7月12日)
- ^ 世界初の環境に優しい『モータ・アシスト式ハイブリッド車両』の開発に成功! (PDF) - JR北海道 プレスリリース(2007年10月23日)
- ^ 『新型特急車両の開発中止について』(PDF)(プレスリリース)北海道旅客鉄道、2014年9月10日 。2014年11月28日閲覧。
- ^ “新型電気式気動車(DEC700)試験運転の開始について”. 西日本旅客鉄道 (2021年7月28日). 2021年7月28日閲覧。
- ^ “東海旅客鉄道(株)殿向け HC85系”. 日本車輌製造. 2020年9月19日閲覧。
- ^ “ハイブリッド方式の次期特急車両の名称・シンボルマークの決定について” (PDF). 東海旅客鉄道 (2019年10月28日). 2019年11月3日閲覧。
- ^ 『九州を明るく照らす次世代の車両が誕生します!!』(PDF)(プレスリリース)九州旅客鉄道、2018年1月26日 。2018年1月28日閲覧。
- ^ JR東海の次期特急型、量産第一陣は2023年3月に納車…日車がHC85系64両を受注 レスポンス、2021年6月25日
- 1 日本の電気式気動車とは
- 2 日本の電気式気動車の概要
- 3 2000年代以降のハイブリッド・電気式気動車
- 4 脚注
- 日本の電気式気動車のページへのリンク