MBS公開処刑の前後
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/10/13 08:33 UTC 版)
「コメルツ銀行」の記事における「MBS公開処刑の前後」の解説
コメルツは2009年初頭にドイツ政府から100億ユーロの公的資金を注入され、同年5月ロンドンに保有する資産を整理していたことが報道された。2010年欧州ソブリン危機もあって、2011年春から注入された資金を政府に返済するようになった。同年11月ギリシャから資金を引き上げ、2012年3月にユーロヒポ再建に追われ、同年11月にはレイオフにまでおよんだ。2013年5月13日付フィナンシャル・タイムズの報道によると、このころコメルツは25億ユーロのライツイシューを格安で発行すると表明していた。政府の持分(エクイティ)は25%あったが、ライツイシューの発行で支配率を20%へ下げた。新BIS規制によりドイツ銀行との競争はコメルツにとってシビアなものとなっていた。2014年9月末、コメルツにアメリカがリストラせよと圧力をかけた。同年11月19日付ウォールストリート・ジャーナルでは、コメルツが大口案件を貸し渋って欧州中央銀行から罰金を課されたことが報じられた。支配者の入れ替わりが見えにくい形で、コメルツの株主とポートフォリオの分解が進んだ。 2015年12月29日ウォールストリート・ジャーナルが報じたところによると、コメルツ銀行は住宅ローン担保証券(MBS)に関連し計上した20億ドル近い損失の賠償を求め提訴した。法定文書に記された被告は、ドイツ銀行のアメリカ子会社(Deutsche Bank National Trust)、バンク・オブ・ニューヨーク・メロン、ウェルズ・ファーゴ、HSBCのアメリカ子会社(HSBC Bank USA)であった。MBSをファンドに組んで危険性を隠し販売する行為の違法性は、数々の判例により国際的に認められていった。しかし、コメルツに関しては豪快な「示談」が成立するかもしれない。ブルームバーグ2017年10月24日付の報道によれば、コメルツはゴールドマン・サックスとロスチャイルドを金融顧問に起用した(ソースはフィナンシャル・タイムズ、匿名筋)。ブルームバーグは同年11月15日付で、サーベラス・キャピタル・マネジメントがドイツ銀行の大株主となったことを報じた。この記事によると、サーベラスはドイツ銀株約3%とコメルツ銀行株約5%を保有、コメルツ銀は身売りを模索しており、一部アナリストや投資家の間では、サーベラスがドイツ銀とコメルツ銀の統合を推し進めるのではないかとの観測がなされている。
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