グラハム・レイホール
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| グラハム・レイホール Graham Rahal |
|
|---|---|
|
Graham Rahal, 2014
|
|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 生年月日 | 1989年1月4日(37歳) |
| 出身地 | オハイオ州コロンバス |
| インディカー・シリーズでの経歴 | |
| デビュー | 2007 |
| 所属 | レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング |
| 車番 | 15 |
| 過去所属 | ニューマン・ハース・レーシング ドレイヤー&レインボールド・レーシング チップ・ガナッシ・レーシング サラ・フィッシャー・レーシング ニューマン・ハース・レーシング チップ・ガナッシ・レーシング |
| 出走回数 | 116 |
| 優勝回数 | 6 |
| ポールポジション | 2 |
| ファステストラップ | 0 |
| シリーズ最高順位 | 7位 (2009) |
| 過去参加シリーズ | |
| 2007 2006 2005 |
チャンプカー・ワールド・シリーズ アトランティック・チャンピオンシップ スター・マツダ・チャンピオンシップ |
| 受賞 | |
| 2011 | デイトナ24時間レース 優勝 |
グラハム・レイホール(Graham Rahal、1989年1月4日 - )は、アメリカ合衆国・オハイオ州コロンバス生まれのレーシングドライバーである。父親は1986年のインディ500の優勝者のボビー・レイホールである。
日本のメディアではグレアム・レイホールと紹介されることも多い。
プロフィール
2005年にチャンプカーの下部カテゴリーであるフォーミュラ・アトランティックシリーズで勝利を挙げた。また、同じく下部カテゴリーであるスター・マツダ・シリーズにも参戦し、シリーズランキング4位の成績を残した。
また、2005-2006年のA1グランプリのラスト3戦にレバノンチームから参戦した。レバノン代表として参加できたのは、彼がレバノン人の血筋だからであった。
2006年はフォーミュラ・アトランティックシリーズから改名されたチャンプカー・アトランティック・シリーズにフル参戦した。シリーズ12戦中5勝を挙げ、ランキング2位に入った。
2007年はチャンプカーにステップアップ、ニューマン・ハース・レーシングのセカンドドライバーとして参戦した。チームメイトはチャンプカーで最も成功したドライバーであるセバスチャン・ボーデであった。第3戦のヒューストン市街地でのレースで2位に入り、初の表彰台に立った。これは、チャンプカー史上最年少での表彰台であった。シーズンを通して勝利を挙げることはできなかったが、4回表彰台に上がり(2位1回、3位3回)、ルーキートップのランキング5位に入った。
また、この年はデイトナ24時間レースとセブリング12時間レースにも参戦した。セブリング12時間レースではGT2クラスで6位に入った。
2008年はチャンプカーとインディカー・シリーズが統合されたことに伴い、ニューマン・ハース・レーシングのドライバーとしてインディカー・シリーズに参戦することになった。しかし、開幕戦のホームステッドは、直前のテストでクラッシュしてマシンを大破させてしまい、修復が間に合わなかったために欠場した。
デビュー戦となった第2戦セント・ピーターズバーグでは予選で9番手を獲得すると、決勝ではチームの作戦が上手く決まり、デビュー戦で優勝を果たした。この優勝はマルコ・アンドレッティのもつアメリカのメジャー・オープンホイール・レースの最年少優勝記録を更新する19歳と93日での優勝であった。
この年、初めて参加したインディ500では予選では13位に入ったが、決勝では序盤でリタイアに終わり、シーズンを通した成績では、デビュー戦の優勝以外は2度の8位が最高で、シリーズランキングは17位で、これはルーキーの中では4番手の成績であった。
2009年も引き続きニューマン・ハース・レーシングからインディカー・シリーズに参戦している。
開幕戦のセント・ピーターズバーグでは最年少記録を更新する20歳と90日でポールポジションを獲得、前年の最年少優勝記録に続き、マルコ・アンドレッティのもつ記録を更新した。決勝ではオープニングラップの接触で遅れ、最下位から追い上げて7位フィニッシュとなった。また、第3戦カンザスではオーバルコースでの初ポールポジションを獲得した。
2回目の参戦となるインディ500では予選4位を獲得したが決勝はリタイアに終わった。
この年は優勝はなかったものの、オーバルコースのリッチモンドともてぎで3位でフィニッシュした。またトップ10フィニッシュを9回記録、シリーズランキングは前年の成績を大きく上回る7位であった。
2010年はチームを移籍し、サラ・フィッシャー・レーシングからインディカー・シリーズの第2戦のセントピーターズバーグと第3戦のバーバーに参戦することが発表された。その後、古巣のニューマン・ハース・レーシングから参戦する話も出ていたものの、第4戦のロングビーチもサラ・フィッシャー・レーシングから出走した。第6戦のインディ500では父親のチーム、レイホール・レターマン・レーシングから参戦し予選7位、決勝12位の成績を残した。第8戦のアイオワでは、インディ500で負傷したマイク・コンウェイに代わりドレイヤー&レインボールド・レーシングから参戦、ラップリーダーを記録し9位でフィニッシュした。第10戦のトロントからは去年所属したニューマン・ハース・レーシングに復帰することが発表され、トロント以降の8戦中6戦に同チームから参戦した。また、ニューマン・ハース・レーシングから参戦予定がなかった第15戦のケンタッキーにはサラ・フィッシャー・レーシングから参戦した。
この年は異なる4チームから全17戦中12戦に参戦し、トップ10フィニッシュを7回記録、最高位は第10戦トロントの5位だった。シリーズランキングは20位で、これは全レースに参戦していないドライバーの中ではトップの成績だった。
2011年はチップ・ガナッシ・レーシングからインディカー・シリーズに参戦することが発表された。第4戦サンパウロでは予選5番手からスタートしたものの、スピンをして一旦は大きく順位を落とした。しかし、フルコースコーションを利用してジャンプアップし最終的には2位でゴールして自身2シーズンぶりの表彰台を獲得した。次の第5戦のインディ500では29番手スタートから3位表彰台を獲得した。この年は優勝こそなかったものの3度の表彰台を記録しランキング9位でシーズンを終えた。また、この年のデイトナ24時間レースでは優勝を果たしている。
2013年は、父親のボビー・レイホールが運営する、レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング(RLL)に移籍。3戦目のロングビーチで2位表彰台を獲得。アイオワで5位、ヒューストンのレース1で7位といくつかの活躍はあったものの、それ以外は低調な成績に終わり、シーズン18位で終える。
2014年もRLLからエントリーするが、成績は奮わず、デトロイトレース1での2位表彰台はあったものの、シングルフィニッシュがシーズン4回と低迷。シーズンは19位で終える。
2015年もRLLからエントリー。シーズン序盤から好調で、4戦目のアラバマで2位表彰台、5戦目のインディグランプリでも2位表彰台を獲得。デトロイトデュアルのレース2では3位表彰台を獲得。第11戦フォンタナは、中盤からトップ争いに加入。終盤のパック・レースを切り抜け、インディカー2勝目を挙げた。
レース戦績
アメリカン・オープンホイール
アトランティック・チャンピオンシップ
| 年 | チーム | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 順位 | ポイント |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2006年 | コンクエスト・レーシング | LBH 5 |
HOU 15 |
MTY 1 |
POR 27 |
CLE1 1 |
CLE2 1 |
TOR 15 |
EDM 2 |
SJO 12 |
DEN 1 |
MTL 1 |
ROA 20 |
2位 | 242 |
チャンプカー・ワールド・シリーズ
| 年 | チーム | シャシー | エンジン | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 順位 | ポイント |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2007年 | ニューマン・ハース・ラニガン・レーシング | パノス・DP01 | コスワース | LVG 17 |
LBH 8 |
HOU 2 |
POR 9 |
CLE 8 |
MTT 7 |
TOR 11 |
EDM 3 |
SJO 6 |
ROA 3 |
ZOL 3 |
ASN 9 |
SRF 11 |
MXC 4 |
5位 | 243 |
インディカー・シリーズ
- 太字はポールポジション、斜字はファステストラップ。(key)
- 1 同日に開催された
- 2 ノンタイトル戦
- 3 決勝レース中に多重クラッシュが発生し、この影響でダン・ウェルドンが死亡する事態となる。そのためレースはクラッシュが発生した11周目を以て中止となった。
インディ500
| 年 | シャシー | エンジン | スタート | フィニッシュ | チーム |
|---|---|---|---|---|---|
| 2008年 | ダラーラ | ホンダ | 13 | 33 | ニューマン・ハース・ラニガン・レーシング |
| 2009年 | 4 | 31 | |||
| 2010年 | 7 | 12 | レイホール・レターマン・レーシング | ||
| 2011年 | 30 | 3 | チップ・ガナッシ・レーシング | ||
| 2012年 | ダラーラ・DW12 | 12 | 13 | ||
| 2013年 | 26 | 25 | レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング | ||
| 2014年 | 20 | 33 | |||
| 2015年 | 17 | 5 | |||
| 2016年 | 26 | 14 | |||
| 2017年 | 14 | 12 | |||
| 2018年 | 30 | 10 | |||
| 2019年 | 17 | 27 | |||
| 2020年 | 8 | 3 | |||
| 2021年 | 18 | 32 | |||
| 2022年 | 21 | 14 | |||
| 2023年 | DNQ | ||||
| シボレー | 33 | 22 | ドレイヤー&レインボールド・レーシング / キューシック・モータースポーツ | ||
| 2024年 | ホンダ | 33 | 15 | レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング | |
デイトナ24時間レース
| デイトナ24時間レース 結果 | |||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年 | チーム | コ・ドライバー | 車 | クラス | 周回 | 順位 | クラス 順位 |
| 2006年 | ポルシェ・911 GT3 Cup | GT | 670 | 16位 | 6位 | ||
| 2007年 | ライリー・Mk. XI-レクサス | DP | 214 | DNF | DNF | ||
| 2008年 | ライリー・Mk. XI-フォード | DP | 680 | 6位 | 6位 | ||
| 2011年 | ライリー・Mk. XX-BMW | DP | 721 | 1位 | 1位 | ||
| 2012年 | ライリー・Mk. XXVI-BMW | DP | 757 | 6位 | 6位 | ||
| 2014年 | BMW・Z4 GTE | GTLM | 668 | 14位 | 4位 | ||
| 2015年 | GTLM | 701 | 14位 | 4位 | |||
| 2016年 | BMW・M6 GTLM | GTLM | 360 | DNF | DNF | ||
| 2017年 | アキュラ・NSX GT3 | GTD | 617 | 29位 | 11位 | ||
| 2018年 | アキュラ・ARX-05 | P | 793 | 9位 | 9位 | ||
関連項目
- モータースポーツ
- ドライバー一覧
- ボビー・レイホール - 父
- ブリタニー・フォース - 義姉
外部リンク
| アンドレッティ・グローバル | チップ・ガナッシ・レーシング | チーム・ペンスキー | エド・カーペンター・レーシング | |||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 26 | 28 | 4 | 9 | 2 | 12 | 20 | 21 | |||||||||
| 27 | 10 | 3 | 33 | |||||||||||||
| デイル・コイン・レーシング | A.J.フォイト・エンタープライズ | レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング | アロー・マクラーレン | メイヤー・シャンク・レーシング | ユンコス・ホリンジャー・レーシング | |||||||||||
| 18 | 4 | 15 | 45 | 5 | 7 | 60 | 76 | |||||||||
| 19 | 14 | 30 | 47 | 11 | 77 | |||||||||||
| その他参戦ドライバー | ||||||||||||||||
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