1950年代:草創
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「スーパーマーケット」の記事における「1950年代:草創」の解説
「スーパーマーケット」という名称を日本で最初に使用したのは、1952年に京阪電気鉄道の流通部門(現在の「京阪ザ・ストア」)が大阪の旧京橋駅に展開した店「京阪スーパーマーケット」である。ただしこの店舗は対面販売式であり、スーパーマーケットの特徴とされるセルフサービスを取り入れてはいない。また、米軍の売店(PX)ではセルフサービスが採用されているが、日本の一般消費者に開かれた店舗ではなかった(ただし、紀ノ国屋の増井徳男はセルフサービス方式をここで実際に見て知ることになる)。 日本で初めてセルフサービスのスーパーマーケット業態が導入されたのは、翌1953年11月に紀ノ国屋が東京都港区赤坂青山北町六丁目の神宮前駅(現在の表参道駅)至近でオープンした店である。紀ノ国屋(1910年創業)のセルフサービス店舗開業には、日本ナショナル金銭登録機株式会社(現在の日本NCR)の指導があった。日本NCRは金銭登録機(レジスター)を扱うNCRの日本法人であるが、後藤達也(副社長)や長戸毅(企画経営部長)は自社のレジスターの販売もさることながら、米国の近代小売業経営運動に基づいて日本の小売業近代化に注力した人物であった。 ただし開業当初の紀ノ国屋は規模も小さく(40坪)青果のみを扱う高級店であり、生鮮三品(青果・精肉・鮮魚)を含むさまざまな食料品を低価格で大量販売する点において、1956年3月10日に福岡県小倉にオープンした「丸和フードセンター」を「スーパーマーケットの元祖」とする見解もある。このほか、1956年2月に八幡製鉄購買会(従業員向けの福利厚生の一環としての会員制小売組織)の分配所のひとつがセルフサービスを取り入れており、万人に開かれた営利組織ではないものの、セルフサービス方式の普及に貢献したとの評価がある。
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