騎士の話(The Knight's Tale)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/09 10:50 UTC 版)
「カンタベリー物語」の記事における「騎士の話(The Knight's Tale)」の解説
【第一部】アテネ大公のセーセウスは女人国スキタイを滅ぼし、その女王イポリタと結婚、彼女とその妹エミリーを伴いアテネへと向かう。その帰途、テーベの支配者クレオンの暴虐を訴える黒衣の婦人らの訴えを聞き、テーベを討伐。囚われたテーベの王族の若者、パラモンとアルシーテとをアテナイの塔に幽閉する。その後その二人は塔の窓からエミリーを見て恋のライバルとなる。やがてアルシーテは友人ペロセウス公の願いにより解放されるが、同時にアテナイからの追放を言い渡される。【第二部】追放されたアルシーテは身をやつしてアテナイに戻り、フィロストラーテという名前でテセウスの宮廷に仕える。投獄から七年後に脱獄し茂みに潜んでいたパラモンは逍遥するアルシーテと出くわす。二人は決闘の約束を取り付け、翌日その決闘のさなかに狩に出て来たテセウス公に問い質される。事実を知ったテセウス公はその一年後にそれぞれ百人の騎士を引き連れさせて馬上槍試合を行い、勝ったものにエミリーを嫁がせることにする。 【第三部】テセウス公が建設した試合場とそれに付属するヴィーナス、マルス、ダイアナの神殿の様子と、二人が引き連れた騎士らの様子、パラモンがアフロディーテに、アルシーテがマルスに、エミリーがアルテミスに祈りを捧げた様子が語られる。 【第四部】試合にはアルシーテが勝利しエミリーの愛を勝ち取るものの、神々の事情からサゥルヌスが怪物を送りアルシーテを事故死させる。その今際の際にアルシーテはエミリーが結婚する場合にはパラモンがふさわしいと告げる。盛大な葬儀が開かれ、数年経ったのちアテネの議会とテセウスはパラモンとエミリーを結婚させる。 ボッカッチョの叙事詩『Teseida delle nozze di Emilia』に基づいているが、『Teseida』が9000行なのに対して『騎士の話』は2000行ちょっとしかなく、さらに内容も「騎士道物語」に変更されている。プロットの一部が失われているが、以前チョーサーが翻訳したことのあるボエティウスの『哲学の慰め』に主に想を得た哲学的な伏線が加えられている。 この物語はウィリアム・シェイクスピアとジョン・フレッチャー共作の戯曲『二人の貴公子』の原作となった他、1700年にはジョン・ドライデンによってとして当時の英語に翻訳された(『パラモンとアルシット(Palamon and Arcite)』)。
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