雪ヶ谷八幡神社とは? わかりやすく解説

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雪ヶ谷八幡神社

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/04/11 06:07 UTC 版)

雪ヶ谷八幡神社
南側正面鳥居(2025年3月)
所在地 東京都大田区東雪谷2-25-1[1]
位置 北緯35度35分48.2秒 東経139度41分10.6秒 / 北緯35.596722度 東経139.686278度 / 35.596722; 139.686278座標: 北緯35度35分48.2秒 東経139度41分10.6秒 / 北緯35.596722度 東経139.686278度 / 35.596722; 139.686278
主祭神 誉田別尊[1]
社格 村社[2]
創建 永禄年間(1558年1570年[1]
地図
雪ヶ谷八幡神社
雪ヶ谷八幡神社 (東京都区部)
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雪ヶ谷八幡神社(ゆきがやはちまんじんじゃ)は、東京都大田区東雪谷石川台駅付近にある神社である。

概要

創建は永禄年中と誌され、北条左京太夫氏康の臣太田新六郎管内巡視の際、当所に於いて法華経曼荼羅の古碑を発掘し、その奇瑞におり八幡大菩薩を創祀すと伝う[3]

爾来、元亀天正戦乱の世を経て慶長元和の頃、円長寺長慶寺の創建により別当として[4]、二寺臨年に奉仕するところとなる[2]

中原街道沿道髄一の由緒深き神社として諸人の崇敬のもとに、文久3年2月社殿再建の業を起こし、明治3年11月拝殿造営、ついで明治23年再び工を起こし、明治28年11月25日本殿落成遷宮を行う。明治維新後の神仏分離により明治5年村社に列せられる[3]

昭和20年5月戦災により社殿焼失、昭和34年8月現社殿の造営なる[3]

氏子区域

「氏子区域」は、旧東京府荏原郡雪ヶ谷村全域で、現在の東雪谷南雪谷南千束の一部、石川町の一部となり、町会は希望ヶ丘、南雪、東雪、東中、石川台、笹丸の六ヶ町である[5]

ギャラリー

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク


雪ヶ谷八幡神社

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/25 06:40 UTC 版)

雪ヶ谷」の記事における「雪ヶ谷八幡神社」の解説

大田区東雪谷2丁目にある神社で、位置東急池上線石川台駅に近い。祭神誉田別命応神天皇)。由緒としては永禄年間(1558~69)、北条氏康の臣 太田新六郎により創建されたとの伝承がある。旧雪ヶ谷鎮守神様で、旧社格村社神社敷地1020坪で、社殿葺き権現造例祭9月15日で、雪ヶ谷一帯お祭り行事がある。

※この「雪ヶ谷八幡神社」の解説は、「雪ヶ谷」の解説の一部です。
「雪ヶ谷八幡神社」を含む「雪ヶ谷」の記事については、「雪ヶ谷」の概要を参照ください。

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