雪ヶ谷八幡神社
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雪ヶ谷八幡神社 | |
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所在地 | 東京都大田区東雪谷2-25-1[1] |
位置 | 北緯35度35分48.2秒 東経139度41分10.6秒 / 北緯35.596722度 東経139.686278度座標: 北緯35度35分48.2秒 東経139度41分10.6秒 / 北緯35.596722度 東経139.686278度 |
主祭神 | 誉田別尊[1] |
社格等 | 村社[2] |
創建 | 永禄年間(1558年~1570年)[1] |
地図 |
雪ヶ谷八幡神社(ゆきがやはちまんじんじゃ)は、東京都大田区東雪谷の石川台駅付近にある神社である。
概要
創建は永禄年中と誌され、北条左京太夫氏康の臣太田新六郎管内巡視の際、当所に於いて法華経曼荼羅の古碑を発掘し、その奇瑞におり八幡大菩薩を創祀すと伝う[3]。
爾来、元亀・天正戦乱の世を経て慶長・元和の頃、円長寺・長慶寺の創建により別当として[4]、二寺臨年に奉仕するところとなる[2]。
旧中原街道沿道髄一の由緒深き神社として諸人の崇敬のもとに、文久3年2月社殿再建の業を起こし、明治3年11月拝殿造営、ついで明治23年再び工を起こし、明治28年11月25日本殿落成遷宮を行う。明治維新後の神仏分離により明治5年村社に列せられる[3]。
昭和20年5月戦災により社殿焼失、昭和34年8月現社殿の造営なる[3]。
氏子区域
「氏子区域」は、旧東京府荏原郡雪ヶ谷村全域で、現在の東雪谷、南雪谷、南千束の一部、石川町の一部となり、町会は希望ヶ丘、南雪、東雪、東中、石川台、笹丸の六ヶ町である[5]。
ギャラリー
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神社西側の石段と鳥居
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手水舎と拝殿へ向かう石段の前の鳥居
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拝殿、右側は社務所
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拝殿
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拝殿、左奥は本殿
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社務所
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雪ヶ谷稲荷大明神
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庚申供養塔群(大田区文化財)
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齋霊殿
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神社の周辺は狭い道となっている
脚注
参考文献
- 新倉善之 著『大田区史跡散歩 (東京史跡ガイド11)』学生社、1992年
- “八幡神社【雪ヶ谷八幡神社】”. 東京都神社庁. 2020年6月27日閲覧。
- 「雪ヶ谷村 八幡社」『新編武蔵風土記稿』 巻ノ45荏原郡ノ7、内務省地理局、1884年6月。NDLJP:763981/70。
関連項目
外部リンク
- “雪ヶ谷八幡神社”. 2020年6月27日閲覧。
雪ヶ谷八幡神社
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大田区東雪谷2丁目にある神社で、位置は東急池上線石川台駅に近い。祭神は誉田別命(応神天皇)。由緒としては永禄年間(1558~69)、北条氏康の臣 太田新六郎により創建されたとの伝承がある。旧雪ヶ谷村の鎮守の神様で、旧社格は村社。神社の敷地は1020坪で、社殿は銅葺き権現造。例祭は9月15日で、雪ヶ谷一帯でお祭り行事がある。
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