長男の榎本一
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/15 21:19 UTC 版)
1999年4月、長男の榎本一は北区議会議員選挙に民主党公認で立候補。これをきっかけに三恵子は連絡をとり、選挙事務所を訪れ22年ぶりに親子再会を果たす。そして地元の商店街などを二人で一緒に歩いて遊説し支援を訴える。榎本一は最初こそ「ハチの息子」と揶揄されたが、この選挙で初当選した。三恵子の応援で浮動票が上乗せされ当選につながったと言われた。 榎本一は「両親が一緒に暮らしてほしいとは思わないし、私が仲立ちをする気もない。でも父が何と言おうと私の唯一の母です」と言い、三恵子と和解した。しかし榎本敏夫は「彼女に対する思いは変わらないし一生変わることはない。根本的に人間として許せない。今日、私がここにあるのは田中先生のおかげです。私を裏切っただけでなく先生まで裏切った。その行為によって自分の名前を世間に売り込み、ヌードにまでなった。子供にとっても育てることを放棄したから母親ではない」と根深い恨みを感じさせた。 2011年の区議選を機に榎本一は自由民主党に移り、2019年に6期目の当選を果たした。 2021年11月9日午後10時過ぎ、榎本一は上野駅付近に車をとめていたところ、パトロール中の警察官の職務質問を受けた。尿検査で覚醒剤の陽性反応が出たため、覚醒剤取締法違反の疑いで逮捕された。11月30日に覚醒剤取締法違反の罪(使用)で起訴。12月16日、辞職願を提出。同日付で辞職が許可された。
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