金城突出部西部
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/02 15:47 UTC 版)
金城突出部左肩部を防御していた首都師団は、下所里(하소리)から灰古介(회고개)に至る主抵抗線に西から第26連隊と第1連隊を配置し、第1機甲連隊を予備としていた。この正面には第68軍(第202師欠)と第54軍第130師で編成された西集団が配置され、外也洞(외야동)-灰古介間を攻撃して首都師団第1連隊を殲滅した後、梨室洞(이실동)-北亭嶺(북정령)-月峰山(월봉산)以北地域の韓国軍を攻撃する任務を与えられていた。 7月13日午後9時、西集団は首都師団第26連隊に重点を置いた攻撃準備射撃を行った後、攻撃を開始した。約30分後、砲撃方向を変えて、第1連隊を攻撃した中共軍は主攻を中峙嶺(중치령)と灰古介方面に向けた。第1連隊は中共軍の突破を阻止するために予備の機甲連隊第3大隊を中峙嶺接近路に配置するが、阻止に失敗して部隊が完全に分散した。 7月13日午後11時頃、第26連隊が主抵抗線の崩壊により南大川南側に撤収を開始すると、師団長は14日午前2時に機甲連隊第1大隊第59戦車中隊を配属させて第26連隊を支援した。約2時間後、師団長は第26連隊より第1連隊が危機的状況だと判断し、予備隊の任務を変更した。第1連隊は指揮所を襲撃され、多くの兵力が包囲され脱出できずにいた一方で、第26連隊は大きな損害なしに撤退して芳洞(방동)南側で再編成に入った。 7月14日午前6時、第9軍団長は首都師団指揮所を訪問し、米第15連隊を師団予備として117番A道路南側一帯に投入するよう命じた。午前10時にテイラー大将が訪れ、117番A道路の確保と中共軍の攻撃の撃退するための措置を講ずるよう軍団長に指示した。 首都師団は、新たな主抵抗線の構築とまだ撤収していない兵力の救出のため、米第15連隊が第2阻止線を形成していた正午から午後5時まで、第1連隊と第26連隊で117番A道路北側の稜線を確保するための攻撃を敢行した。中共軍の抵抗で攻撃は失敗したが、この攻撃で中共軍の攻勢を阻止し、撤収部隊の兵力のいくらかを救出することができた。 7月15日午前8時、師団指揮所に軍団長と米第3師団長が訪問し、正午までに前線を米第3師団に引き継がすように指示した。首都師団長は撤収していない兵力を収拾するため、計画された攻撃を行った後、引継ぎをすると報告して午後0時30分に第1、26連隊による攻撃を開始し、午後3時頃に稜線を占領した。しかし中共軍の夜間攻撃を受けて、道路南側の稜線に主抵抗線を形成した米第3師団の後方に撤収し、軍団予備となった。7月13日から15日までの戦闘で、首都師団は前方大隊観測所と第1連隊指揮所が襲撃され、指揮機能が途絶して機甲連隊長の陸根洙大領が戦死するなど混乱が生じたが、117番A道路北側稜線で中共軍の突破を阻止することができた。
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