運賃の推移
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/10 13:40 UTC 版)
金沢電気軌道による市内線開業時より運賃制度は区間制であり、1区3銭に始まり最長の乗車で片道9銭を要した。これを1927年(昭和2年)2月11日付の料金改定で均一制に改め、片道5銭・往復9銭均一と定めた。この料金改定は早朝割引券や回数乗車券の値下げも伴っており、当時の不況に対応するための実質的な運賃値下げであった。 北陸鉄道発足時も5銭均一運賃が維持されていたが、太平洋戦争中の1944年(昭和19年)7月に10銭均一に値上げされる。戦後インフレ期には値上げが相次ぎ、1946年(昭和21年)3月30銭、翌1947年(昭和22年)4月40銭、同年7月1円、1948年(昭和23年)3月1円50銭、同年6月2円50銭、同年8月5円と、2年5か月で約17倍に引き上げられた。 1950年代に入ると1950年(昭和25年)11月改定で5円均一から6円均一となる。さらに翌1951年(昭和26年)10月に8円、1952年(昭和27年)4月には10円へと値上げされた。さらに1955年(昭和30年)12月からは13円均一へと改訂された。 この13円均一運賃は8年間据え置かれたが、高度経済成長に伴う人件費・諸経費増加と釣り合わなくなり会社経営を悪化させる一因となったため、1963年(昭和38年)12月より15円均一に値上げされた。この運賃が4年後の市内線廃止まで維持されている。
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