近現代文学における勘助
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1953年(昭和28年)10月から翌年12月まで『小説新潮』に連載された井上靖の歴史小説『風林火山』は、1969年には映画化(監督:稲垣浩)、1992年12月には里見浩太朗主演で日本テレビ系列の「年末大型時代劇スペシャル」第8作として、また、2006年正月には北大路欣也主演でテレビ朝日系列にてテレビドラマ化がされた。さらに、井上靖生誕100年を記念して2007年放送の大河ドラマ『風林火山』の原作となった。 海音寺潮五郎は1960年から1962年まで『週刊朝日』に『天と地と』を連載し、@media screen{.mw-parser-output .fix-domain{border-bottom:dashed 1px}}渡辺世祐博士の非実在説を採用すると断り書きを入れて[要出典]、勘助を登場させていない。この作品は1969年にNHK大河ドラマ化され、同年の市河家文書発見の経緯にもなった。新田次郎の歴史小説『武田信玄』は1965年5月号から1973年9月まで『歴史読本』に連載された。連載中には市河家文書が発見されたものの、当時はまだ勘助の実在が疑われていたため、作中で勘助を軍師ではなく忍者とした。 これら以外には横山光輝の漫画『隻眼の竜』があり、武田信玄に仕えること以外ほとんどが創作となっている。 これらの作品での勘助は、新田の『武田信玄』を除いて全て隻眼で描かれているが、どちらの目を失明していたかは不明であるため、右目であったり左目であったりと定まっていない。
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