近現代の研究者による評価
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/19 15:05 UTC 版)
書評家の松岡正剛は法華経のエディターシップを激賞して「法華経を読むと、いつも興奮する。/その編集構成の妙には、しばしば唸らされる。」「法華経には昔から、好んで「一品二半」(いっぽんにはん)といわれてきた特別な蝶番(ちょうつがい)がはたらいている。15「従地湧出品」の後半部分から16「如来寿量品」と17「分別功徳品」の前半部分までをひとくくりにして、あえて「一品二半」とみなすのだ。その蝶番によって、前半の「迹門」と後半の「本門」が屏風合わせのようになっていく。」と述べている。 渡辺照宏は、「サンスクリット本について見ると、文体はきわめて粗野で単純、一見してあまり教養のない人たちの手で書かれた」と批判しているのに対して、仏教思想研究家の植木雅俊は、サンスクリット原本から『法華経』を翻訳した経験をふまえ、「『法華経』編纂に携わった人の教養レベルの高さに驚かされる」「何をもってそのように結論されたのか、首を傾げてしまう」と反論、歴史に実在した釈迦が説いた「原始仏教」の平等思想や人間中心主義が釈迦の死後500年のあいだに〝小乗仏教〟教団によって改竄されており、思想的に見れば『法華経』こそ「仏説」であると述べている。ただし植木は、『法華経』編纂者の文学的才能を激賞している一方、末尾の陀羅尼品から普賢品までを呪術思想の混入として嫌っている。 社会学者の橋爪大三郎は天台宗から鎌倉仏教が生まれたことを評価している。
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