行司番付
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/13 06:46 UTC 版)
5代式守勘太夫 行司であれば、立行司昇進の可能性もあった。1963年1月木村庄九郎が21代伊之助に昇進、1966年9月25代庄之助を襲名したが、庄之助より一枚上であったためである。現役であった場合1963年1月式守伊之助、1966年9月木村庄之助で場所後退職であった。 7代式守勘太夫 2代式守伊三郎の死去で三役格に空席が出なければ、幕内格のままで定年であった。 伊三郎の死去が無ければ勘太夫は幕内格のまま定年を迎えていた理由は、伊三郎が死去した時点で勘太夫より年上の現役行司は誰もいなく、伊三郎も勘太夫より4ヶ月遅く生まれていたので、伊三郎が定年まで存命だった場合、勘太夫より2場所遅い1990年1月場所限りで定年を迎えていた為である。その為、伊三郎が定年前に死去しなければ、勘太夫が定年まで上位には空席が出る予定が無かった事になる。 木村筆之助 仮に1984年以降復帰した場合幕内格で定年を迎える予定であった。筆之助は定年まで存命の場合1989年1月場所まで現役であったがその場合筆之助より上位で年上の行司はいなかったためである。 26代式守伊之助 1990年11月場所後に27代木村庄之助が停年。25代伊之助が28代木村庄之助を襲名し、順番通りでは、次の伊之助は同部屋・年下だが先輩の14代木村庄太郎(後の27代伊之助)が襲名し、庄二郎は立行司になることなく停年を迎えるところであった。 15代木村玉光 定年退職まで務めた場合、1993年3月場所まで現役で順送りの場合三役格筆頭までは昇進していた。
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