聖アグネス教会とは? わかりやすく解説

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聖アグネス教会

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/23 01:47 UTC 版)

聖アグネス教会
聖アグネス教会(東面、烏丸通側)
所在地 京都市上京区烏丸通下立売角堀松町
日本
教派 聖公会
歴史
創設日 1923年10月
献堂日 1898年
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聖アグネス教会(せいアグネスきょうかい、英語: St Agnes' Episcopal Church)は、日本京都府京都市上京区にある、日本聖公会教会平安女学院京都キャンパスの敷地内に所在する聖堂は、日本聖公会京都教区(京都府富山県石川県福井県滋賀県三重県奈良県和歌山県の教会、および大阪府の1教会)の中心となる主教座聖堂大聖堂カテドラル)であるとともに、地域の教会(パリッシュ・チャーチ)、平安女学院の礼拝堂(チャペル)という3つの役割を兼ね備える[1]

名称は平安女学院(英語名称:St. Agnes' School)の守護聖人で、ローマ皇帝ディオクレティアヌス統治の時代にローマで殉教した聖アグネスにちなむ。1898年(明治31年)に竣工したレンガ造り・ゴシック様式の建物は、ジェームズ・ガーディナーによる設計で、京都市指定有形文化財。

京都教区

日本聖公会京都教区は京都府富山県石川県福井県滋賀県三重県奈良県和歌山県にある聖公会教会、その他施設を含む。

京都地域では、1889年以来[1]米国聖公会出身の宣教師(ジョン・マキム)らにより聖公会日本聖公会)の積極的な布教活動が行われた。1895年には、大阪市川口居留地にあったSt. Agnes' School (照暗女学校)が京都に移転し、「平安女学院」として開校した[2][3]

奈良県への宣教は、1885年に米国聖公会の宣教師ジョン・マキムが日本人伝道二名を派遣してが開始し、1887年に奈良基督教会を現在の地(奈良市登大路町45)近くの花芝町に建設し、1930年にか旧聖堂(国宝)を竣工した。[4][5]大阪府の聖公会教会で唯一京都教区に所属する岸和田復活教会は、1901年のその基が設立された。[6]和歌山県には、1882年に和歌山聖救主教会の基礎が始まっている。

滋賀県への宣教は、1892年に大津聖マリア教会になる活動が民家で始まり、1899年には現在地(大津市京町)で書店を改造した礼拝堂で礼拝をしていたが。新しい礼拝堂を建立し、その後は1931年に現在の聖堂を建立した[7]三重県では、1885年に四日市聖アンデレ教会が設立された。

福井県には、1896年に福井市に講義所が設置され、1916年に現在地(春山小学校跡地)に移転し、1931年には福井聖三一教会の聖堂を建てて、これは1945年7月の福井空襲をからくも生き延びた。[8]

石川県への宣教は、1898年に米国聖公会から派遣されたドーマン司祭が金沢市南町(のちに石引町に移転)に金沢聖ヨハネ教会を創設して、仏教勢力が強い金沢の地で福祉施設にも力を注いで、宣教を続けた。[9]

富山県では、1900年にJ.J.チャプマン宣教師が富山市の旅館で幼児洗礼を授けた時から、富山聖マリア教会の歩みが始まる。[10]

太平洋戦争中の困難な時期を経て、聖教会は戦後復活し、現在の京都教区には教会・伝道所は42あり、日本聖公会の中で最も多い教会数の教区である。信徒数は1,301人、聖職数は主教1人司祭26人で(2022年度末)。幼稚園や保育園などの多くの教会を併設している。[11]

京都教区の主教は、(ステパノ)高地敬主教である。

聖アグネス教会

聖アグネス教会は、1898年、日本聖公会京都地方部(現在の京都教区)の大聖堂としてこの聖堂は竣工した[1]。献堂時に名付けられた名称は「聖三一大聖堂」であった[1]。京都聖三一教会に属する聖堂であり、また平安女学院の礼拝堂として使用された。

なお竣工直後の平安女学院の学院日誌には、「塔の紋が菊と紛らわしいので取り替えるよう警察から指示をうけた」という内容の記述が残っている。

1923年平安女学院生徒・教職員による教会組織として「聖アグネス教会」が組織された[1]。その後しばらく、京都聖三一教会の会衆と聖アグネス教会の会衆がこの聖堂をともに用いることとなった[1]。1930年、京都聖三一教会が中京区聚楽廻中町に新たに聖堂を建設して移転したことにより、この聖堂は聖アグネス教会が受け継いだ[1](これにより、この聖堂は「聖アグネス教会聖堂」[3]の名で呼ばれている)。

第二次世界大戦中には軍需資材の置場として使用されたこともあるが、礼拝は続けられた[1]

年表

  • 1886年10月ジョン・マキム主教によって定礎式が行われる。
  • 1898年5月、聖三一大聖堂として完成
  • 1923年、聖アグネス教会が組織される
  • 1931年烏丸通に面して設置されていた路傍説教壇と塔のふちの凹凸部を撤去、また祭壇中央のステンドグラスを南側へ移動。
  • 1985年6月1日、京都市指定有形文化財に指定される。

建築

聖堂は、東を烏丸通に、北を下立売通に面した、ゴシック様式・レンガ造りの聖堂である。設計にあたったのは、建築家ジェームズ・ガーディナー立教学校の初代校長を務めた)である[1][12]

東西に長い敷地に建つ聖堂は左右非対称で、袖廊は小さい[1]。出入口は北西角(下立売通側)にある。全体にずんぐりした形であるが、これは地震に配慮したものという[13]。北東角(烏丸下立売角)にある三層の鐘楼が特徴的[1]な外観で、最下層に縦長窓、中層にバラ窓、最上層にトレサリー窓英語版を配し分け、単調さを避けている[12][13]

内部は三廊式バシリカ様式[1][3]で、一般的な大聖堂と同様、東端(烏丸通側)に祭壇を設けている。南東角には礼拝準備室(ベストリー)、南西角には八角形に張り出した洗礼室(バプティストリー)がある[1][3]。内部は小屋組のハンマービーム英語版(壁面上端から跳ね出された梁の上にアーチを架ける構造[12])など[12]材木を見せるデザインであり[1]、明治期の教会建築の特徴を備えている[1]

西バラ窓をはじめ30点以上のステンドグラス(ジェームズ・ガーディナーがデザインし、日本人によって製作されたもの)があり、その大部分は竣工当時のものが残っている[1]

所在地

平安女学院京都キャンパス(平安女学院大学平安女学院中学校・高等学校が所在)敷地内に位置する。平安女学院京都キャンパスは足利義昭旧二条城の跡地であり、敷地の片隅に「旧二條城跡」と彫られた石碑が立っている。

ギャラリー

脚注

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 教会の歴史 ~St.Agnes Church since 1923~”. 日本聖公会 聖アグネス教会. 2016年4月6日閲覧。
  2. ^ 平安女学院のあゆみ”. 平安女学院. 2016年4月6日閲覧。
  3. ^ a b c d 上京区の史蹟百選/聖アグネス教会聖堂”. 上京区役所. 2016年4月6日閲覧。
  4. ^ 日本聖公会奈良基督教会(国宝データベース)
  5. ^ 和風のキリスト教会(奈良基督教会)
  6. ^ 岸和田復活教会の歩み(岸和田復活教会)
  7. ^ 礼拝堂について(大津聖マリア教会)
  8. ^ History (福井三一教会)
  9. ^ しお子どもの家(社会福祉法人聖ヨハネ会)
  10. ^ http://www.seimaria.jp/history/ 教会のあゆみ(富山聖マリア教会)
  11. ^ 京都教区ってどんなとこ?()日本聖公会京都教区)
  12. ^ a b c d ギャラリー・間 編集『建築MAP京都』(TOTO出版、1998年)、p.59
  13. ^ a b 上京の大路小路(その7)」(PDF)『上京 史跡と文化』第25号、上京区ふれあい事業実行委員会、2003年、4頁、2016年4月6日閲覧 

関連項目

  • 川口基督教会 - 大阪市にある、日本聖公会大阪主教区の主教座聖堂。1920年竣工。
  • 聖ヨハネ教会堂(博物館明治村内) - 日本聖公会京都五条教会の教会堂として、1907年竣工。ガーディナーによる設計。国重要文化財。
  • 京都聖三一教会 - 京都市中京区にある教会堂は、バーガミニーによる設計で1930年竣工、国登録有形文化財。
  • 同志社礼拝堂 - 京都市上京区にある、同志社教会の旧礼拝堂。1886年竣工。
  • 京都ハリストス正教会 - 京都市中京区にある、日本正教会西日本主教教区の主教座聖堂。1901年竣工。
  • 長楽館 - 京都市内にある、ガーディナーによる建築。1909年竣工。
  • 平安女学院明治館 - 近傍に所在するレンガ建築。1895年建設。国登録有形文化財。

外部リンク

座標: 北緯35度1分11.2秒 東経135度45分32.5秒 / 北緯35.019778度 東経135.759028度 / 35.019778; 135.759028


聖アグネス教会

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学校法人平安女学院」の記事における「聖アグネス教会」の解説

聖アグネス教会は、アメリカ人建設ジェームズ・ガーディナーにより、1898年平安女学院チャペルとして建てられた。建設当時聖三一大聖堂呼ばれていたが、1923年から聖アグネス教会となり現在に至る。京都市指定有形文化財である。 なお竣工直後学院日誌には、「塔の紋が紛らわしいので取り替えるよう警察から指示をうけた」という内容記述残っている。

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