紀元二千六百年記念富山県立図書館の開館とは? わかりやすく解説

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紀元二千六百年記念富山県立図書館の開館

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/13 07:37 UTC 版)

富山県立図書館」の記事における「紀元二千六百年記念富山県立図書館の開館」の解説

富山県における県立図書館設置運動は、1900年明治33年12月6日富山県実業協会富山教育会共同して県知事及び県会に対して建議書を提出したことに始まる。北陸政論社もまた社論を以てこれを応援したが、富山県はその要求を容れず、建議立消えとなった1909年明治42年10月1日開設され富山市立図書館は「当分県立代用ニ当タラレタキコト」が求められていたが、1933年昭和8年7月1日図書館令改正によって中央図書館制度定められ1934年昭和9年5月1日富山市立図書館富山県中央図書館指定されると、富山市財政を以てしては中央図書館としての活動十分に果たし得ないという声が高まった。かくて富山県立図書館設立求める声は日を追う高まり1940年昭和15年)に迎え紀元二千六百年記念行事一環として県立図書館開設しようという考え各層より起った1939年昭和14年11月27日には矢野兼三富山県知事県会において「県民性伸長助長策として」県立図書館設置することがふさわしいとの考え披瀝し、同年12月通常県会県立図書館開設計画含んだ予算案提出同月14日可決された。超えて1940年昭和15年2月11日には松浦鎮次郎文部大臣富山県立図書館設立認可し4月1日には富山市総曲輪紀元二千六百年記念富山県立図書館設置された。同年5月10日富山市立図書館中央図書館指定解除され代って県立図書館中央図書館となったが、開館式を挙行したのは同年11月30日のことであった開館当時紀元二千六百年記念富山県立図書館館舎には公会堂として用いられていた大正会館(旧富山県会議事堂)を代用した当初予算図書館5万円、貸出文庫費2千円少なく、しかも職員はわずか8名しかいなかったが、開館まで1万冊を収集し、うち4500冊の整理完了した

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