第5、第6、第7の哨戒 1943年1月 - 6月とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > ウィキペディア小見出し辞書 > 第5、第6、第7の哨戒 1943年1月 - 6月の意味・解説 

第5、第6、第7の哨戒 1943年1月 - 6月

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/12/26 20:46 UTC 版)

ツナ (潜水艦)」の記事における「第5、第6、第7の哨戒 1943年1月 - 6月」の解説

1943年1月18日ツナ5回目哨戒ソロモン諸島方面向かった1月24日ツナベララベラ島東岸海域到着以後5度わたって攻撃機会があり、16本の魚雷発射したものの戦果は挙がらず、反撃受けて海底じっとしていることを繰り返した2月11日ニューアイルランド島ブカ島の間の海域移動。しかし、戦果挙がらないことによる乗組員フラストレーションはたまる一方でツナはさらにヴィラ・プランテーションとムンダ近海航路移動。しかし、ツナはこの哨戒では不運なままで、ついに戦果挙げることはなかった。2月17日ツナ31日間の行動終えてブリスベン帰投した。 3月4日ツナ6回目哨戒ビスマルク諸島方面向かったニューアイルランド島北東端のリラ・リーフからブーゲンビル島西方哨戒したのち、アドミラルティ諸島マヌス島ムッソウ島を結ぶ海域移動した3月29日午後遅くツナマヌス島近海で、ラバウルからパラオに向かう、2隻の駆潜艇と2機の哨戒機護衛につけた6隻の輸送船団発見夜通し追跡したのち、3月30日朝に南緯0035東経14755分 / 南緯0.583度 東経147.917度 / -0.583; 147.917の地点陸軍輸送船黒姫丸(黒姫汽船、4,697トン)に対し魚雷3本発射。うち2本が命中して黒姫丸を撃沈した4月4日従来海域北西移動したが、攻撃機会はなかった。4月20日ツナ47日間行動終えてブリスベン帰投した。 5月12日ツナ7回目哨戒北部ニューギニア方面向かった5月19日ツナ日本潜水艦魚雷を1本発射されたが、何事もなく終わった6月17日から18日にかけては、ワクデ島に対して艦砲射撃実施しようと同島に接近したものの、駆潜艇警戒しており攻撃計画変更された。6月28日ツナ47日間行動終えてブリスベン帰投した。

※この「第5、第6、第7の哨戒 1943年1月 - 6月」の解説は、「ツナ (潜水艦)」の解説の一部です。
「第5、第6、第7の哨戒 1943年1月 - 6月」を含む「ツナ (潜水艦)」の記事については、「ツナ (潜水艦)」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「第5、第6、第7の哨戒 1943年1月 - 6月」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「第5、第6、第7の哨戒 1943年1月 - 6月」の関連用語

第5、第6、第7の哨戒 1943年1月 - 6月のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



第5、第6、第7の哨戒 1943年1月 - 6月のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaのツナ (潜水艦) (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS