県境・国境と「言境」
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/11 02:23 UTC 版)
「日本語の方言の比較表」の記事における「県境・国境と「言境」」の解説
江戸時代には藩、天領、寺社領、旗本知行地といった、統治者の領分を越えた人の往来が制限されたため、各地に特徴のある方言が形成された。その後、廃藩置県を経てもそれぞれの方言のもつ従来よりの特徴は残った。 存在動詞「いる」と「おる」を例にとれば、その境は太平洋側ではほぼ浜名湖の東西、内陸側では長野県南部で県内を東西に横断する線の北側と南側、同県北部では岐阜県との県境を成す飛騨山脈の東西など、必ずしも言境と県境・国境が一致する地域ばかりではない。 例えば、同じ愛知県でも三河弁と尾張弁は若干異なっており、更に三河弁の中においても西三河は尾張弁に近く、東三河は遠州弁に近い。新潟県糸魚川市や静岡県遠江地方でも県境付近では「おる」が使用される。三重県桑名市長島町は、三重県(伊勢国)でありながら尾張系(尾張国)の語彙が話され、静岡県湖西市は、静岡県(遠江国)でありながら三河系の言葉が話されているといった事例が挙げられる。 又、離島は本土よりも更に人の往来が制限されていた為、現在経済的に依存している本土自治体の方言とかなり違う事が多い。さらに旧国とされた島々は、中小の島々よりも更に独立性を持っていた為、特にこの傾向が強い。
※この「県境・国境と「言境」」の解説は、「日本語の方言の比較表」の解説の一部です。
「県境・国境と「言境」」を含む「日本語の方言の比較表」の記事については、「日本語の方言の比較表」の概要を参照ください。
- 県境・国境と「言境」のページへのリンク