留意点と裁定価格理論の実証研究
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/26 09:37 UTC 版)
「裁定価格理論」の記事における「留意点と裁定価格理論の実証研究」の解説
裁定価格理論で注意すべきなのは、ファクターが何であるかを裁定価格理論で決めることは不可能であるという事である。金融資産の収益率がファクターと個別リスクの線形結合からなるということは裁定価格理論の結果ではなく仮定であるので、その仮定を成すファクターに何が選ばれ得るべきかは裁定価格理論から導くことは出来ないのである。この事から、ユージン・ファーマは異時点間CAPM(ICAPM)も含めたマルチファクターモデルが事後的にデータに合うファクターを探すための論拠になっていると批判した。特にファーマが裁定価格理論と異時点間CAPMをフィッシングライセンス(英: fishing licenses)と比喩的に表現したことから、このようなデータマイニングを正当化するマルチファクターモデルをフィッシングライセンスと呼ぶことがある。しかし、後にファーマ自身もファーマ=フレンチの3ファクターモデルを提案し、マルチファクターモデルの有用性を主張するようになる。 裁定価格理論のよく知られた実証研究として、Richard Roll(英語版)とステファン・ロスが1980年に発表した論文とNai-Fu Chen, Richard Roll, ステファン・ロスが1986年に発表した論文がある。Roll and Ross & (1980) ではファクター数とファクターローディングの特定に因子分析が用いられている。彼らはデータによる実証分析から裁定価格理論の成立に肯定的な結果を得ている。Chen, Roll and Ross & (1986) の研究では消費や原油価格などのいくつかのマクロ経済変数をファクターとしてあらかじめ推測しておいて統計的検証を行っている。この二つの研究は裁定価格理論の実証研究においては最初期のものになるが、実証研究の方法論としては対照的である。 以上の方法論の違いと関連する事として以下のことが挙げられる。裁定価格理論と異時点間CAPMは共にマルチファクターモデルであるが、実証研究上においてはファクター選択の論理に差が生まれるとされる。この事をJohn Cochrane(英語版)は次のように説明している。裁定価格理論は統計的な検証を行う事でより説明力の高いファクターを探し出すという方法を取る。逆に異時点間CAPMはあらかじめ将来の収益率に影響を与えうると想定されるファクターを決めておいて、それが実際にデータを説明できるかどうかの統計的な検証を行う。しかしこの差は実践上では些細なことだと思われてきたとCochrane は述べている。というのもそれぞれの理論に関連した影響力のある実証研究論文でもこの概念の取り違えがあると思われるからである。Chen, Roll and Ross & (1986) の研究は裁定価格理論の実証研究の代表例の一つであるが、収益率に影響のあるマクロファクターを事前に選別していることから異時点間CAPM的である。ユージン・ファーマとKenneth French(英語版)によるファーマ=フレンチの3ファクターモデルは、その発表論文において追加ファクターは異時点間CAPMの状態変数のように見なせると述べられているが、実際のところ統計的検証を重ねて時価総額と簿価時価比率(PBRの逆数)という2つのファクターの特定に至ったのでより裁定価格理論に近い部分がある。Cochrane は裁定価格理論は相対的な価格付けが行われていて、異時点間CAPMは絶対的な価格付けが行われていると見なせるのではないかとも述べている。
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