田原親賢(たわら ちかかた) ????~1600
○奈多氏 紹忍 尾張守 近江守 民部大輔
◇父:奈多鑑基 養父:田原近江守親資 養子:田原(柳原)親虎、(大友)親盛
妹が豊後・大友義鎮室であったことから重用され、加判衆も務める。豊後・武蔵田原氏の養子となって本家田原氏をも凌ぐ力を振るった。豊前方面の支配に貢献し、安芸・毛利氏侵攻にも多々良川の合戦等に参加、毛利氏を破っている。日向・耳川の合戦においては養子親盛と共に総大将格として参加するが、諸将をまとめきれず惨敗、引責して所領を失った。その後隠居したが、後に、豊後に入封した中川秀成に大禄で仕える。関ヶ原の戦いでは、西軍に付いて敗れた大友義統を降伏させ、自身は東軍としての旗幟を明らかにする為、豊後・臼杵城の太田飛騨守一吉を寡兵にて攻め、戦死した。
◇父:奈多鑑基 養父:田原近江守親資 養子:田原(柳原)親虎、(大友)親盛
妹が豊後・大友義鎮室であったことから重用され、加判衆も務める。豊後・武蔵田原氏の養子となって本家田原氏をも凌ぐ力を振るった。豊前方面の支配に貢献し、安芸・毛利氏侵攻にも多々良川の合戦等に参加、毛利氏を破っている。日向・耳川の合戦においては養子親盛と共に総大将格として参加するが、諸将をまとめきれず惨敗、引責して所領を失った。その後隠居したが、後に、豊後に入封した中川秀成に大禄で仕える。関ヶ原の戦いでは、西軍に付いて敗れた大友義統を降伏させ、自身は東軍としての旗幟を明らかにする為、豊後・臼杵城の太田飛騨守一吉を寡兵にて攻め、戦死した。
田原親賢
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/06/08 00:39 UTC 版)
田原 親賢(たわら/たはら ちかかた)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。武蔵今市城城主、妙見嶽城城督。大友氏の家臣。出家後の田原 紹忍(じょうにん)の名でも知られる。号は不思軒。
- ^ 田北鑑生の父。
- ^ a b 『立花遺香』によると、実は田原親賢の弟であるとされる。戸次中務の母が懐妊した時、正光院(由布惟常の娘、道雪の生母)が女子ならば母と共に暮らすようにと命じたが、果たして女子が生まれた。ちょうど同じ頃に紹忍の親の妻も男子を出産したが、民間信仰で「嫌年の子」とされる不吉な時期に生まれたので養子出す必要があり、交換したのだという。
話の出所は、紹運の家臣・有馬伊賀(立花宗茂初陣の後見役)の姉で紹忍の妻いそと、宗茂の生母・宋雲院との会話であるが、正光院は道雪を産出した翌年の1514年に病歿したので、原文でも「しかと承り得ず」として人物は不明とする。養孝院(臼杵長景の娘、道雪の継母)の間違いかもしれない。紹忍の親の妻が、実父奈多鑑基の室なのか、養父田原親資の室なのかは言及されていない[4]。 - ^ 生年不詳で、一説では姉とも言う。
- ^ 高本紫溟 編国立国会図書館デジタルコレクション 『立花遺香』国史研究会〈日本偉人言行資料〉、1916年 。
- ^ 柳原家第8代当主・柳原淳光(やなぎはら あつみつ、町資将の嫡子)の子。こちらも参照。
- ^ 奈多夫人の子で親賢の甥にあたる。
- ^ 新人物往来社編『小早川隆景のすべて』(新人物往来社、1997年)[要ページ番号]
- ^ 『芸陽記』・『毛利元就軍記』『江氏系譜』『吉田物語』[7]
- ^ 毛利方の史料には、門司落城の記事はなく、大友勢を追い払ったと書かれているが、大友方の史料『佐田文書』などから、落城の事実が分かる。八木田 (2010: 66)[要文献特定詳細情報]。
- ^ 『豊津町史』第四編 中世(鎌倉・室町・安土桃山時代) 第四章 戦国時代の豊前国 一 大友義鎮の豊前入国 西郷隆頼の挙兵 [1]
- ^ a b 阿部猛; 西村圭子 編『戦国人名辞典』(コンパクト)新人物往来社、1990年、43-44頁。ISBN 4404017529。
- ^ 親虎の洗礼名はドン=シマン。
- ^ 『フロイス日本史』によると、このとき一行の中に、島津戦で奮戦した志賀親次も加わってきた。秀吉は武功の誉れ高い親次を激賞して本来格上の親賢よりも上座に座らせ、後に淀城に義乗を招いた際にも親次は招待したものの親賢は呼ばないなど、待遇に差をつけたという。
- ^ 『フロイス日本史』によれば、大友家重臣時代の最盛期には親賢だけで7,000人の兵力を抱えていたとされる。後の豊臣家の軍役負担基準(100石につき5人)に従えば14万石クラスの大名であったことになる。当時の豊前国の総石高が30万石余りであるから、この7,000人という動員兵力には豊前国を預かっていた親賢自身の直轄兵力に加えて寄騎の国人衆も加算されている可能性がある。しかしながら、そうだとしても、少なくとも当時は親賢単独で1万石を越える大名並みの領地を持っていた可能性が高い。
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