犯人ES
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/12 09:45 UTC 版)
「福島悪魔払い殺人事件」の記事における「犯人ES」の解説
本事件の主犯格である女ESは1947年(昭和22年)8月21日、須賀川市で生まれた。地元の小中学校と県立高校を卒業後、20歳で高校の同級生と結婚したが、塗装業をしていた夫が1990年(平成2年)に仕事中の事故で腰を痛めて以降、ギャンブル(競輪・競馬)にのめり込み、家に借金取りが押しかけるようになった。それをきっかけにESは化粧品や食器のセールス、ラーメン屋のアルバイトをして生活を支えていたが、同年には夫とともに新興宗教団体「天子の郷」に入った。「天子の郷」は「病気・執着心・嫉妬などは、肉体内の邪霊や毒素によって起きるものである。それらを天主に宿る神力で取り除くことにより、幸福が得られる」とする教えを説き、抹殺・里造り・神査などの儀式を行っていた宗教団体で、執着心や嫉妬を動物霊に喩えていた。 入信直後、夫の腰痛が治ったことをきっかけに夫婦で信仰を深め、1992年(平成4年)には三女とともに、岐阜県の教団本部で専従として活動を始めたものの、次女の眼病が治らないことや、それに対する教団の対応に不満を募らせ、同年11月に夫婦で脱会した。やがて夫が「天子の郷」で知り合った神戸の女性信者と浮気関係になり、家を出たことから、ESは酒に溺れ、生活も行き詰まったことから自殺を仄めかすほどに陥ったが、そのような状況下で夫を連れ戻すべく、神戸に出向いたところで「神慈秀明会」という新興宗教を知り、1994年(平成6年)6月に入信。しかし、高額な掛け軸の購入を強引に勧められたため、約1ヶ月で脱会し、須賀川に戻ると7月ごろから個人の霊能祈祷師として活動を開始した。ESは「天子の郷」で学んだノウハウを用いて知人からの相談に乗り、「肩凝り・腰痛が治った」という評判を得て、信者を集めていった。
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