波動関数
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波動関数(はどうかんすう、英: wave function)は、量子力学において純粋状態を表す複素数値関数。量子論における状態については量子状態を参照。
定義
ここでは量子状態を表す状態ベクトルから波動関数を定義する。ただし状態ベクトルと波動関数は等価であるため(後述)、扱う問題に応じて状態ベクトルと波動関数による表現を行き来することができる。
ボルンの規則に従って、波動関数の絶対値の2乗は、その波動関数の基底となる固有状態を見出す確率ないし確率密度関数と対応付けられることが知られている。 他方、量子力学の枠組みにおいて、系の状態は波動関数によって指定される。これは古典力学において適当な物理量の値の組で系の状態を指定できたことと対照的である。 古典力学に基づくなら、物理量の値は測定せずとも定まっていると考えることができたが、量子力学に基づくなら、物理量の値そのものを決定することはできず、その確率分布しか知ることができない。 系が確率的に振る舞うことに対して、古典的な確率現象のように何らかの粗視化や系に対する知識の不足によって生じていると考えるのではなく、本質的に確率的な振る舞いをしていると考えるならば、前述の古典力学的な描像で系の状態を考えることは困難となる。
また、測定に伴って被測定系へ及ぼされる影響についても古典力学と量子力学で異なる点がある。 古典論では被測定系の状態を変化させずに物理量を測定できると考えることができたが、量子論においては、例えばある物理量を正確に測定した場合、測定系にとっての被測定系の状態は、測定に伴って測定値に対応する固有状態に変化していると考えなければならない。 前述の通り、波動関数は測定値の確率分布に関連しているため、確率分布が測定に伴って変化するならば、測定に伴って波動関数もまた変化しなければならない。 特に、物理量を正確に測定した場合、波動関数は対応する固有状態へ「収縮」する。
もし波動関数が(例えば電磁場のような)物理的実体を伴うものだと考えると、この「波動関数の収縮」の解釈には困難が伴うことが知られている。例えばEPRパラドックスとして指摘されたように、(量子力学の理論上)測定に伴って光速を超えて(従って相対性理論に整合しない)「収縮」が生じているように見える系について、そのような「収縮」が起こり得ないことを説明する必要が生じる[要校閲]。
もう一つの波動関数の重要な性質として、波動関数の重ね合わせとそれに伴う干渉がある。例えば二重スリット実験では、単スリット実験から得られる波動関数の重ね合わせによって、二重スリット系の波動関数が得られる。二重スリット系の粒子の存在確率分布は、単スリットの波動関数同士の干渉により、単スリット系での分布の重ね合わせとは異なることが知られている。この干渉は、スリットを通過する粒子の運動を(純粋に)古典力学的に解釈する限り説明できない。
確率的な振る舞いと重ね合わせに関連して、量子系と古典系[要校閲]が相互作用する系では「シュレーディンガーの猫」のような微妙な状態が存在し得る。通常、「猫」のような巨視的な対象は古典力学に従った振る舞いをすると考えられるが、測定器系を通じて崩壊性原子のような系と相関している場合、量子力学に従うならば、「猫の生死」のような巨視的な事象まで被測定系の振る舞いに依存してしまうことが示唆される。特に測定前の状態においては、猫系もまた量子力学的な重ね合わせ状態として記述されなければならない。 波動関数の「実在」を認めるなら、猫の重ね合わせ状態もまた何らかの形で「実在」すると考えなければならない。
「シュレーディンガーの猫」の思考実験から発展して、「ウィグナーの友人」のような系を考えることができる。「ウィグナーの友人」系では何らかの量子系に対して測定を行う系1(「友人」)と、系1に対して測定を行う系2(「ウィグナー」)が登場する。系1にとって測定結果を得た時点で対象の量子系の波動関数は「収縮」したように見えるが、系2にとっては系1の測定結果を(系1を通じて)観測するまで、量子系の波動関数は「収縮」していないように見える。このように「収縮」がいつどのように生じたかは、観測者の立場に依存しているように見える。[1]
以上のような波動関数によって示唆される「現象」に対して、その解釈を巡って様々な提案がなされている。よく知られている例として、コペンハーゲン解釈、多世界解釈、ボーム解釈などが挙げられる。これらの解釈は波動関数がシュレーディンガー方程式に従って時間発展することは認めるが、観測に伴う干渉の消失(デコヒーレンス)や「波動関数の収縮」のメカニズムや波動関数が測定値の確率分布に対応する理由に対する説明が異なっており、そのため理論の適用範囲や検証可能性がしばしば議論の対象となっている。
典型的なコペンハーゲン解釈においては、波動関数は客観的な実体あるものではなく、観測者の主観によって定まるとされる。従ってコペンハーゲン解釈の下では、「波動関数の収縮」は非物理的な現象であり、相対論を破るものとは考えない。
多世界解釈では、「波動関数の収縮」は生じず、量子系はあくまでシュレーディンガー方程式に従って連続的に(ユニタリ)時間発展をすると考える[2]。多世界解釈において「波動関数の収縮」に相当する過程は、観測者が辿り得た歴史の(互いに干渉することのない)分岐として表現される。
数学的定式化
2つの波動関数の重ね合わせ(加算)が物理的に意味を持つので、波動関数は加算に関する数学である線形代数に従うと期待される。しかし、波動関数の線形代数での次数を有限な自然数Nと仮定すると、正準交換関係と両立しない。したがって線形代数を使うことにこだわるならば、いわば「無限次元」の線形代数を使用しなければならない。ノイマンはユークリッド空間の無限次元版であるヒルベルト空間を用い、質点の量子力学での波動関数の数学的定義を作成した。しかし、同じ手法は多粒子の量子論、場の量子論では十分な成功を収めておらず、波動関数・量子場の数学的定式化は未解決の問題である。
波動関数の数学的定式化に関する試みの一つとして、ノイマンとは異なる数学的定義を用い、虚数を廃した実数だけの量子力学を建設する試みが複数行われている。ある試みでは、水素原子からの光の波長についてはシュレーディンガー方程式と同じ結果になるが、多粒子系については通常の量子力学と異なる結果になり、実験値との差が大きいため、複素数を使う通常の量子力学より優位であるとは言えない。
この「実数だけの量子力学を作る」という試みは、通常の量子力学とは別の基礎方程式を出して優劣を議論する、というものであり、基礎方程式を変更しない多世界解釈とは異なる。多世界解釈は実験に対応する物理量の定義を変更しようとするものであるが、上記の実数だけの量子力学は物理量の定義を変更するものではない。
熱力学では数学的定式化の改良において、熱力学の公理系の変更と並んで物理量の定義の変更も試みられている。それと比較して、量子力学の数学的定式化の理解、すなわち、波動関数の数学的定義、量子力学の公理系、量子力学の数理論理的な性質(量子論理)についての理解は不十分である。
注釈
- ^ Everett 1956, p. 4.
- ^ Everett 1956, p. 8.
参考文献
- 清水, 明『新版 量子論の基礎―その本質のやさしい理解のために―』サイエンス社、2004年。ISBN 4-7819-1062-9。
- 『別冊・数理科学 量子の新世紀 量子論のパラダイムとミステリーの交錯』サイエンス社、2006年。
- Everett, Hugh (1956). “The Theory of the Universal Wavefunction”. In Bryce DeWitt; R. Neill Graham. The Many-Worlds Interpretation of Quantum Mechanics. Princeton Series in Physics. Princeton University Press. pp. 3–140. ISBN 0-691-08131-X
関連項目
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