桂秀馬とは?

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桂秀馬 かつら ひでま

桂秀馬の肖像 その1
文久元年2月30日明治44年11月6日 (1861~1911)

新潟生まれ。医師。東京に出て、帝国大学医科大学入学卒業後、千葉医学校教鞭をとる明治22年(1889)に侍医32年(1899)にドイツ留学その後宮内省侍医局主事となる。

キーワード 医師・薬剤師等
著作等(近代デジタルライブラリー収載
  1. 外科類症鑑別 / 大石三編 ; 桂秀馬, 田代義徳朝香屋, 明29.4 <YDM59656>
  2. 実用鍼科解剖学 / 吉見英受著 ; 桂秀馬閲 緑堂, 明29.9 <YDM58878>
  3. 外科総論. [1], [2], [3] / 桂秀馬編. 増訂10版 金医籍, 明36-37 <YDM59634>
  4. 外科講話 / 桂秀馬著 博文館, 明41.11 (家庭衛生講話 ; 第9編) <YDM59599>

(注:この情報は、国立国会図書館ホームページ内の「近代日本人の肖像」の内容を転載しております掲載内容の複製については、国立国会図書館の許諾を得る必要があります。)

桂秀馬

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/22 03:32 UTC 版)

桂 秀馬(かつら ひでま、1861年4月9日文久元年2月30日) - 1911年明治44年)11月6日)は、日本の明治期における外科医侍医宮内省侍医越後国新津(現在の新潟市秋葉区)出身。従四位勲四等


  1. ^ 明治20年7月11日付官報 第1209号 学事 帝国大学文科大学卒業証書授与
  2. ^ 明治22年5月3日付官報 第1750号 叙任及辞令
  3. ^ 「三輪徳寛 第5章 1赴任まで 2其頃の学風 40-46頁」(鈴木要吾編 三輪徳寛先生伝記編纂会 1938年)
  4. ^ 「帝国大学一覧 明治42年 医学士(明治42年迄卒業の者)」(東京帝国大学)
  5. ^ 明治31年6月14日付官報 第4485号 叙任及辞令
  6. ^ 明治33年6月6日付官報 第5076号 叙任及辞令
  7. ^ 明治37年3月3日付官報 第6198号 叙任及辞令
  8. ^ 明治44年4月27日付官報 第8352号 叙任及辞令
  9. ^ 明治44年11月7日付官報 第8515号叙任・辞令
  10. ^ 明治24年9月16日付官報 第2466号 叙任及辞令
  11. ^ 日本医科大学 大学機関別認証評価について「自己評価報告書 年表」 http://college.nms.ac.jp/page/597.html
  12. ^ 「中外医事新報(533)1902年6月」(日本医史学会)
  13. ^ 外科集談会「日本外科集談会の歴史」 http://plaza.umin.ac.jp/~shudanka/next.html
  14. ^ 『官報』第7578号・付録「辞令」1908年9月28日。


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