松村宗棍遺訓
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/30 11:28 UTC 版)
武術稽古の真味をしらずんばあるべからず。依て覚悟の程申し諭し候間、得と吟味致すべく候。 さて、文武の道は同一の理なり。文武共に其の道三つ有。 文道に三つと申すは詞章の学、訓詁の学、儒者の学と申候。 詞章の学と申すは、組語言を綴絹し文辞を造作して科名爵禄の計を求め候迄にて、訓詁の学は、経書の義理を見究め人を教ふる而巳の心得にて道に通ずる事情入れ申さず候。右の両学は只文芸の誉を得候迄にて、正当の学問とは申し難く候。儒者の学は、道に通じて物を格知を致し、意を誠にし、心を正しく推して以って家を斉へ、国を治め天下を平にするに至り、是れ正当の学問にて儒者の学にて候。 武道に三つとは学士の武芸、名目の武芸、武道の武芸有り。 学士の武芸は、頭に稽古の仕様相替り、成熟の心入り薄く、手数計り踊の様にて相成り、戦守の法罷り成らず、婦人同人にて候。 名目の武芸は、実行之れ無く方々去来致し、勝つ事計り申し致し、争論或いは人を害し、或いは身を傷い、事に依りては親兄弟にも恥辱を与え候。 武道の武芸は、放心致さず工夫を以って成就致し、己が静を以って敵の譁を待ち、敵の心を奪って相勝ち候。成熟相募り候て妙微相発し、万事相出来候共橈惑もなし、乱譁もなし。忠孝の場に於て、猛虎の威鷲、鳥の早目自然と発して、如何なる敵人も打修め候。 夫れ武は暴を禁じ、兵をおさ(左は口+耳、右は戈)め、人を保ち、功を定め、民を安んじ、衆を和し、財を豊かにすと。是れ武の七徳と申し、聖人も称美し呉れ候段、書に相見え候。されば、文武の道一理にて候間、学士、名目の武芸は無用にして、武道の武芸相嗜み候て、機を見て変に応じ、以って鎮める可き物をと存じ候間、右の心得にて稽古致し然る可き哉、と存じ寄るも候はば、腹蔵無く申し聞く可く希ましく候。 以上 松村武長 五月十三日 桑江賢弟
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