松本市長
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/21 19:59 UTC 版)
2004年3月14日に行われた松本市長選挙に日本共産党の支援を受けて立候補。松本市民芸術館建設反対運動の機運に乗り、4期目を目指す市民芸術館建設推進の現職の有賀正を9,715票差で破り初当選を果たした。 2008年、前収入役の市川博美を49,465票差で退け再選。 2012年、無投票により3選。過去の松本市長選挙における無投票当選の例は1976年3月の和合正治の初当選以来36年ぶりの出来事であった。なお当選後、退職金の市への返還(後に特別条例で可決制定)と任期後の引退を表明した。 2016年3月13日に投開票された松本市長選では、就任当初に任期後の引退を公約として表明していた菅谷の去就が注目されたが、直前まで進退を明らかにしなかった為市長退任を前提とした候補が乱立し松本史上最多(当時)の候補が立候補表明するなど混乱をきたしたが、結局ぎりぎりになって後援会から要請があったなどとして公約を覆し4選の立候補表明をした。現職の菅谷は無所属ではあるが日本共産党・社民党およびそれらを母体とした市民団体、民主党および連合長野松本広域協議会、市内の建設土木業界団体などの支援を受け、自民党・公明党の自主投票で、医療・福祉や子育て支援などの充実を柱とする「健康寿命延伸都市・松本」施策の継続前進などを訴え、無所属新人で元NHK解説委員の臥雲義尚(18,128票差)と団体役員の鈴木満雄(48,521票差)を破り4選を果たした。なお4選後に任期後の引退もしくは5選の出馬について新聞記者らに尋ねられた菅谷は、今回混乱をきたした反省から4年後のことについては言明しないと発言した。 2019年11月8日、市議会臨時会において、5選不出馬を表明した。 後任の市長には、臥雲が当選した。
※この「松本市長」の解説は、「菅谷昭」の解説の一部です。
「松本市長」を含む「菅谷昭」の記事については、「菅谷昭」の概要を参照ください。
- 松本市長のページへのリンク