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有末次

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/05/22 10:18 UTC 版)

有末 次
生誕 1897年2月7日
日本 北海道
死没 (1943-08-28) 1943年8月28日(46歳没)
ビスマルク諸島付近
所属組織 日本陸軍
軍歴 1919 - 1943
最終階級 陸軍中将
墓所 多磨霊園
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有末 次(ありすえ やどる、1897年明治30年)2月7日[1][2] - 1943年昭和18年)8月28日[1][2])は、日本陸軍軍人。最終階級は陸軍中将

経歴

北海道出身[1]。有末孫太郎(村長・京極農場支配人・屯田工兵大尉)の息子として生まれる[1]上川中学を経て、陸軍士官学校(31期)、陸軍大学校(41期)を卒業[1][3]

参謀本部作戦班長・教育課長などを経て、1940年に関東軍作戦課長となり、ノモンハン事件後の関東軍の建て直しに当たった。日米開戦には反対の立場をとり、1941年、大本営陸軍参謀部第20班長として戦争回避を唱えたが阻止できなかった[2]

太平洋戦争開戦後は第17軍高級参謀などを経て、1942年、第8方面軍作戦課長としてラバウルに赴任し、翌1943年には陸軍少将・同方面軍参謀副長となり今村均大将を補佐する[2]。 同年8月要務打ち合わせのため一時帰国し、ラバウルへ飛行機で戻る途中で戦死。陸軍中将に進級[2][3]。 葬送につき勅使として侍従が派遣され、幣帛の下賜を受けた[4]

年譜

※出典:『日本陸海軍総合事典』第2版、10-11頁。

親族

脚注

  1. ^ a b c d e f g h 『日本陸海軍総合事典』第2版、10-11頁。
  2. ^ a b c d e 『日本陸軍将官辞典』40頁。
  3. ^ a b 『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』430頁。
  4. ^ 宮内庁『昭和天皇実録第九』東京書籍、2016年9月29日、217頁。ISBN 978-4-487-74409-1 

参考文献

  • 秦郁彦編『日本陸海軍総合事典』第2版、東京大学出版会、2005年。
  • 福川秀樹『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。
  • 外山操編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。



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