日本人音楽研究者による論評の一例
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/31 15:18 UTC 版)
「イタリアの音楽」の記事における「日本人音楽研究者による論評の一例」の解説
西洋音楽学の研究者である黒坂俊昭は、「イタリア人らの関与する音楽」または「イタリア音楽」に言及し、西洋音楽史におけるその重要性は「歌うこと・旋律をつくること」が巧みであった事実に起因するとの独断に基づき、次のごとく評している。 2000年に及ぶ西洋芸術音楽の歴史のなかで、イタリア人はつねにその展開に大きく貢献し、かなり長期にわたって主導権を握っていた。イタリア人は、元来「歌うこと」「旋律をつくること」が得意であり、彼らの関与する芸術音楽も声楽が中心であった。16世紀後半から17世紀にかけて現在の器楽曲の原型となる器楽が声楽から自立したが、その自立もイタリア音楽なくしてはありえなかった。そのころイタリアでは、オペラやオラトリオといった大形式の声楽曲が生まれ、それらはその後300年以上の間、西洋音楽のみならず西洋近代社会においてもっとも重要な芸術となった。一方、16世紀以前は西洋音楽自体に純粋器楽曲の概念が希薄であり、ほとんどすべての楽曲が声楽曲であったために、「よく歌う旋律」をもつイタリア音楽の果たす役割がかなり大きかったことはいうまでもない。 — 黒坂俊昭 ただし、「16世紀以前は...ほとんどすべての楽曲が声楽曲であった」との断定は、今日における西洋音楽史の知見からすればまったくの誤謬であり、訂正を要する。たとえば、中世から近世にいたるまで、リュートその他の小楽器や教会のオルガンなどが単独で、歌を伴わずに盛んに演奏されたことが史実であるとの認識が確立している。また、16世紀以前の西洋音楽では多声音楽の作曲技法が主流であったため、そのような時代に、「よく歌う旋律を特徴とするイタリア音楽の果たす役割が大きかった」とする見解も、根拠を欠くものである。
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