措置入院後
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/05 08:09 UTC 版)
「相模原障害者施設殺傷事件」の記事における「措置入院後」の解説
さらに植松は、2016年2月18日の勤務中に同僚職員に「重度の障害者は安楽死させるべきだ」という趣旨の発言をして施設側から「ナチス・ドイツの考えと同じだ」と批判されたが、その主張を変えなかったことから、翌19日に同施設が警察に通報し、これに対応した津久井署は「植松が他人を傷つけるおそれがある」と判断して相模原市長に精神保健福祉法23条に基づき通報を行った。同市は措置診察を行うことを決め、1人の精神保健指定医が「入院の必要がある」と診断したため、精神保健福祉法に基づいて北里大学東病院へ緊急措置入院を決定した。植松は同日、勤めていた同施設を「自己都合」により退職し、その後は犯行時迄無職の状態だった。 翌20日には尿から大麻の陽性反応が見られ、22日に別の2人の精神保健指定医の診察を受けたところ、指定医の1人は「大麻精神病」「非社会性パーソナリティー障害」、もう1人は「妄想性障害」「薬物性精神病性障害」と診断した。市は同日、植松を正式な措置入院とした。指定医は「症状の改善が優先」などとして警察には通報せず、3月2日付で医師が「他人に危害を加えるおそれがなくなった」と診断したため、市は植松を退院させた。退院後、八王子市内のマンションに住んでいた植松の両親は「部屋が空いている」と同居を持ち掛けられたがこれを拒否して1人で実家に戻り、医師作成の証明書をハローワークに提出して90日分の失業給付を受領した。さらに3月24日には生活保護受給を申請して約2か月分の給付を受けたが、後に失業給付との二重請求が判明したため取り消し手続きが取られ、4月分の受給額は返還した。
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