批判される側の言い分
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/04 16:38 UTC 版)
グレゴリー・R・ピーターソンは「多くの神学者と哲学者が、科学主義という語を、知に関する罪の中でも最も重いものとして用いている」と述べている。事実、今日ではこの語は遠慮のない宗教批判者に対して用いられている。例えば、科学哲学者ダニエル・デネットは著書『Breaking the spell』で「宗教的な批評家が本当に好きではない科学理論を誰かが提示すると、彼らはそれを科学主義だと言って評判をおとしめようとする」と述べた。 一方、スケプティック・ソサイエティの創始者マイケル・シャーマーは、科学主義と伝統的な宗教運動を比較したエッセイにおいて、自身を「scientistiic」と描写し、その語を「あらゆる現象に対する自然的な説明を成し遂げ、超自然的、超常(現象)的な推測を避け、科学の時代にふさわしい人生哲学の二本の柱として経験主義と理性を受け入れる科学的な世界観」だと自己定義した。 ロバート・キャロルは「全ての現象に対して自然科学のアプローチ、経験主義、合理主義が用いられなければならないと考え、超自然的、超常的推測に頼ることを避ける立場。自然科学者なら誰でもとる典型的な立場」、と述べた。
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