弟子 (小説)
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弟子 | |
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作者 | 中島敦 |
国 | ![]() |
言語 | 日本語 |
ジャンル | 短編小説 |
発表形態 | 雑誌掲載 |
初出情報 | |
初出 | 『中央公論』1943年2月号 |
出版元 | 中央公論社 |
刊本情報 | |
収録 | 『李陵』 |
出版元 | 小山書店 |
出版年月日 | 1946年2月10日 |
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『弟子』(ていし)は、『論語』を原典とした中島敦の短編小説である。中島没後の昭和18年(1943年)2月、『中央公論』に発表された(脱稿は前年6月)[1]。
孔子と、その愛弟子の仲由(子路)との交流を、子路の直情径行な性格ゆえの苦闘を交えつつ描いた作品。子路の性格描写のモデルは中島敦の伯父・中島斗南(斗南先生)だと見られている(斗南先生#作品研究・評価も参照)。
あらすじ
子路が、孔子の門弟となってから衛の政変で死ぬまでの話である。孔子に弟子入りした子路が、その直情径行な性格と儒学との大きな差の中で苦しみつつ学んでいく姿や、子路を叱りつつも彼を愛した孔子の姿が情感豊かに描かれている。
物語の最後は、政変に巻き込まれて死んだ子路が塩漬けにされたと聞いた孔子が、塩断ちをしてその死を悲しむ。
おもな収録書籍
脚注
参考文献
- 中島敦 『李陵・山月記』(改)新潮文庫、2003年12月。ISBN 978-4101077017。
- 中島敦 『山月記・李陵 他九篇』岩波文庫、1994年7月。 ISBN 978-4003114513。
関連項目
- 牛人 - 同時代を舞台にした中島敦の掌編。
外部リンク
「弟子 (小説)」の例文・使い方・用例・文例
- 彼は銅細工師の弟子になった。
- 弟子として10年間過ごした後、彼は師とたもとを分かった。
- 彼女はガラス吹き工に弟子入りした。
- パリサイ人はイエスと彼の弟子たちを批判した。
- 彼はその剥製師の弟子になった。
- 私の弟はきこりに弟子入りした。
- 有名なヨーデル歌手に弟子入りするため、彼はスイスに渡った。
- これは私の弟子がくれた物です。
- 師匠と弟子
- 彼が山田に弟子入りを申し込んだ時、彼は60歳であった。
- 彼は弟子に魔法を教えています。
- 内弟子とは師と寝食をともにし、あらゆる武術のノウハウと秘伝を伝える制度だ。
- 彼の弟子達はイエスがこのように言われた事を思い出した。
- 二人の弟子は、彼がそう言うのを聞いて、イエスについていった。
- 弟子達は、こう書いてあるのを思い出した。
- 弟子達はイエスを信じた。
- それで、ヨハネの弟子達が、あるユダヤ人が清めについて議論した。
- その翌日。またヨハネは、二人の弟子と共に立っていた。
- その後、イエスは母や兄弟たち、弟子達と一緒にカペナウムに下っていった。
- イエスも、また弟子たちも、その婚礼に招かれた。
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