平野の町づくりを考える会
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住職の川口良仁(かわぐち りょうにん)は1947年生まれ。父の後を継いで全興寺の住職となる。1980年南海平野線の廃線に伴う平野停留場の駅舎保存運動を契機に町の有志と「平野の町づくりを考える会」を発足。保存がかなわず、解体された時は駅舎の告別式を行った。その後、運動を通じて歴史や文化を生かした町づくりの必要性を認識し、会の継続を決定。勉強会の開催や地元を回って博物館の依頼を行い、1993年、平野町ぐるみ博物館を計7館で開館。この町ぐるみ博物館は商家・社寺問わず個人で展開。住民が館主となり、訪問者との触れ合いを通じて地域の再発見や地域への愛着を深める事を目的としている。町ぐるみ博物館は常設館と年1回開かれる特別展示館に分けられ、それぞれの家や店に伝わるものや個人的な収集品を無料で公開している。1999年7月には特別企画として3日連続で100館をオープンさせた。全興寺では町ぐるみ博物館の常設館として、小さな駄菓子屋さんの博物館と平野の音博物館がある他、年1回の博物館として、洋菓子屋さん博物館、針金生き物博物館Ⅱ、チンチン電車館、昔あそび博物館などを開いてきた。 会では町ぐるみ博物館の他に、平野連歌や平野酒の再興、写真集「おもろいで平野」の出版、昔の子供の遊び唄を子供たちに伝える「大阪遊び唄伝承プロジェクト」、大みそかに平野弁で歌う「第九」など、様々な取り組みを行っている。 会員は30代から70代までの約30人。川口住職が事務局担当を務める。活動の理念は「おもしろいことをいいかげんにやる」。本業を持ちながら長く続ける為に、自分たちが興味を持って取り組めるテーマを厳選し、持続可能なエネルギー配分で取り組めるよう心がけている。
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