帰途に遭難とは? わかりやすく解説

帰途に遭難

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/29 04:57 UTC 版)

エルトゥールル号遭難事件」の記事における「帰途に遭難」の解説

エルトゥールル号艦齢26年老朽艦だったうえ、補給品の不足や乗員経験不足などもあり、そもそも極東行き航海自体海軍内部反対意見強く日本にたどり着いたこと自体大変な幸運だとみられていた。そして出港以来蓄積し続けた艦の消耗乗員消耗資金不足に伴う物資不足が限界達していた。また、多く乗員コレラ見舞われたため、1890年9月15日になってようやく横浜出港目処をつけた。そのような状況から、遠洋航海に耐えないエルトゥールル号消耗ぶりをみた日本側が台風時期やり過ごすように勧告するも、オスマン帝国側はその制止振り切って帰路についたこのように無理を押してエルトゥールル号派遣された裏には、インド・東南アジアムスリムイスラム教徒)にイスラム教盟主オスマン帝国国力誇示した皇帝アブデュルハミト2世意志働いており、出港強行したのも、日本留まりつづけることでオスマン帝国海軍弱体化流布されることを危惧したためと言われている。遭難事件はその帰途起こった1890年9月16日21時ごろ、折から台風による強風あおられエルトゥールル号紀伊大島樫野埼連なる岩礁激突し座礁した機関部への浸水による水蒸気爆発発生した結果22時半ごろに沈没した。これにより、司令官オスマン・パシャ(ドイツ語版)をはじめとする600名以上が海へ投げ出された。

※この「帰途に遭難」の解説は、「エルトゥールル号遭難事件」の解説の一部です。
「帰途に遭難」を含む「エルトゥールル号遭難事件」の記事については、「エルトゥールル号遭難事件」の概要を参照ください。

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