小笠原権之丞とは? わかりやすく解説

おがさわらごんのじょう 【小笠原権之丞】


小笠原権之丞

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/11/12 13:17 UTC 版)

小笠原 権之丞(おがさわら ごんのじょう、? - 1615年6月3日慶長20年5月7日))? は、安土桃山時代から江戸時代初期の武将小笠原越中守正吉(広朝)[1]の子[2]。妻は近藤秀用の娘[2]は不明。キリスト教を信仰していたとして慶長17年(1615年)3月に改易された[2]

一方で諸書によっては徳川家康落胤ともされる。母は『御降誕考』では「大さい」[3]、『幕府祚胤伝』では、京都出身の三条某の娘[4]愛知県西尾市東幡豆町の妙善寺には、権之丞の母とされる「妙善尼」の位牌が祀られている。

経歴

江戸幕府が編纂した『寛政重修諸家譜』では、父親である小笠原広朝とともに家康に仕え、その後邪宗門を信仰していたため改易されたという事績のみが残っている[2]。『徳川実紀』では慶長17年(1612年)3月にキリシタンを信仰していたために改易となり、改宗していたために命は助けられたが、大坂の陣大坂城に籠城し、戦死したという記述がある[5]

一方で、元禄9年(1696年)頃に平戸藩松浦鎮信が記した『武功雑記』に「権現様遺子とも申し候」とあるように[6]、家康の落胤であるという説も早くから流れていた。また、イエズス会士ルイス・ピネイロが著した『日本諸王国殉教記』は大坂城に籠城した「14人の騎士」の中で「第一に触れられるべき人物」として「権之丞」という名前の「ディエゴ」という洗礼名を持つ武士をあげ、「多くの者達から皇帝自身の子であると考えられていた」という記述がある[3]。「ディエゴ権之丞」は魂の純粋さにおいては「地上の天使」と評されている[3]。「ディエゴ権之丞」は、大坂の陣時に24歳であったとされ[3]、満年齢ならば天正19年(1591年)前後の生年となる。

延宝4年(1678年)に成立したとされる『御降誕考』では、権之丞の生まれの事情は不明としながらも、家康の正室侍女「大さい」「小さい」のうち「大さい」に産ませたが、「正室」をはばかったために、妻を亡くしていた「小笠原越中守廣朝」に「大さい」を嫁がせ、そこで生まれたのが権之丞であるとしている[3]。家康の正室であった築山殿は、弘治3年(1557年)に家康に嫁いで天正7年(1579年)に自刃、二人目の正室である朝日姫は天正14年(1586年)に家康に嫁いで天正18年(1590年)に没しており、『御降誕考』通りの生い立ちならば、この間に生まれたこととなる。また『幕府祚胤伝』では松平忠輝が生まれた天正20年(1592年)以前に生まれたとされる[4]

権之丞の知行は『武功雑記』では三河国幡豆郡で1000石であるとされる[6]。 その後、キリシタンのために改易・追放されたが、『御降誕考』では父の越中守広朝もキリシタンであったため、ともに改易されたとしている[3]。ただし、『寛政重修諸家譜』では広朝は慶長8年(1603年)5月4日に死亡している[2]。『武功雑記』では、この後に小浜守隆のところに立ち寄ったため、小浜が詮議を受けて迷惑したという記述がある[6]。また正保年間(1644 - 1648年)に成立した『耶蘇征伐記』では5000石を知行していた「小笠原権之丞」が、改宗を拒んで処刑されたという記述がある[7]

『御降誕考』では、昵懇であった甲斐国の西郷惣右衛門に従って、大坂城に入城したとされる[3]。『幕府祚胤伝』では「明石掃部助源守重(明石全登)」を頼ったとしている[4]。しかし、家康の落胤であるという噂が広まったため、30騎程度しか預けられなかった[3]1615年6月3日慶長20年5月7日)、天王寺の戦いに出陣したという[3]。『幕府祚胤伝』では、天満橋で戦死したとされる[4]

小説

脚注

  1. ^ 三河国幡豆郡寺部城小笠原広重の次男。一般に「広朝」とされるが、自署は「正吉」である(「大湊古文書」「角屋文書」)
  2. ^ a b c d e 寛政重脩諸家譜第1輯 1922, p. 1127.
  3. ^ a b c d e f g h i 川畑博昭 2013, p. 16.
  4. ^ a b c d 柳営婦女伝叢 1917, p. 248.
  5. ^ 徳川実紀第壹編 1904, p. 559.
  6. ^ a b c 松浦鎮信 1903, p. 32.
  7. ^ ジアン・クラセ『日本西教史 下巻 訂正増補2版』博聞社、1894年、30頁。doi:10.11501/824976NDLJP:824976 

参考文献




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