定家の文字の遣い方
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/12/31 00:07 UTC 版)
以下は本来仮名遣いに関わることではないが、定家の場合その定めた仮名遣いと密接に関わっていることなのであえて取り上げる。 定家は古典の書写校訂のために仮名遣いを定めたが、それは単に仮名遣いだけを定めて良しとしたわけではない。上で触れたように定家は「越」の変体仮名をアクセントに左右されない文字として使用していたが、ほかの変体仮名についても本を書き写す上での使い分けがなされていた。本を書き写していて1行を書き終えると、当然次の行に移ることになるが、定家はそのとき前の行と同じ仮名が並んだ場合には、違う字体の仮名を用いている。たとえば行頭に「あはれ」という言葉があり、その次の行もやはり「あはれ」という言葉で始めなければならない場合、以下のように変体仮名の「阿」を使って「阿はれ」と書いている。 あはれ……… 阿はれ……… これは写本を作る上で同じ文字が複数の行に渡って横並びになると、目移りして書き落としや書き誤りをしやすいので、それを避けるための配慮であった。「越」の仮名も上で述べた掛詞のほかに、このように目移りさせない工夫のために使われており、定家の写本の中では「越」や「阿」以外の変体仮名でもこのような使い方が見られる。 また、当時の仮名の文は基本的に漢語を漢字で書くようになっていたが、漢語ではない和語も文章を読みやすくするために漢字で記されていた。『土佐日記』にも和語に漢字をあてて書く例が見られるが、定家はこうした和語に漢字をあてることについても、規範を設けて使い分けをしている。例えば「よる」と「よ」いずれも漢字では「夜」の字をあてる言葉には、「よる」は仮名書きとし「よ」は「夜」の漢字で書き記している。「夜」という漢字だけだと「よる」と「よ」いずれに読むのかわからないので、一方だけに漢字をあてるよう定めたのである。「よ」という一文字で書く言葉では、他の言葉に紛れて書き誤りなどしやすいという配慮からでもあった。これはほかにも「きぬ」・「ころも」では「ころも」だけに「衣」の漢字をあてるなどの例が見られる。それ以外にも、和語に適度に漢字をあてて読みやすくするよう配慮がなされている。 ほかにも『下官集』では、仮名を書き綴る際には意味のわかりづらい文字の続け方をしてはならないとか、和歌を2行に分けて書くときは上の句と下の句にそれぞれきちんと分けて書けというような記述が見られるが(『下官集』の項参照)、定家の定めた仮名遣いは、以上のような用字や書式のありかたの中に組み込まれて使われていたといえる。つまり写本の本文を書き記す上で、定家にとって文字をどのように綴りまた遣えば間違いがないかということを追求した結果、仮名遣いにも規範を設けたほうがよいと判断したということであり、その仮名遣いは本来こうした仮名の字体や漢字の遣い方ならびに書式と不可分のものであった。しかしのちの定家仮名遣ではこれらのような技術は伝わらず、ただ仮名遣いだけが仮名を書き分ける規範として伝わることになったのである。
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