多々良隊
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/30 03:41 UTC 版)
硫黄島を占領したアメリカ軍は、3月末から4月1日にかけて慶良間列島および沖縄島に上陸を開始。日本海軍はこれに抗するため、回天搭載潜水艦と回天を搭載しない通常の潜水艦合わせて11隻を投入。このため、伊58は大津島に移動して回天を搭載した後、31日に出港。回天搭載潜水艦で編成された多々良隊の一艦として4月1日に光を出撃。東シナ海を経由して沖縄島西方に出て、一時は戦艦大和の水上特攻に合流してついて行く腹で、慶良間列島沖のアメリカ艦隊を目標に進撃したものの悪天候に悩まされて突入が果たせなかった。橋本艦長は4月10日に状況を打電し、これを受けて第六艦隊司令部は作戦を変更し、沖縄とマリアナ諸島間の航路を狙うよう指令を出した。伊58も当該海域に移動したが、4月25日に駆逐艦と遭遇した以外は全く会敵せず、作戦中止指令を受け取って4月29日に光に帰投。回天とその搭乗員を降ろし、30日に呉に帰投した。 この後、伊58は航空機搭載設備(格納筒、射出機、クレーン)を撤去して、空いた前甲板に回天2基を搭載し、合計6基搭載となった。また、シュノーケルも装備された。
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