国香通とは? わかりやすく解説

国香通

読み方:クニカドオリ(kunikadoori)

所在 兵庫県神戸市中央区

地名辞典では2006年8月時点の情報を掲載しています。

〒651-0066  兵庫県神戸市中央区国香通

国香通

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/01/27 14:56 UTC 版)

日本 > 兵庫県 > 神戸市 > 中央区 > 国香通

国香通(くにかどおり)は兵庫県神戸市中央区町名。現行行政地名は国香通一丁目から国香通七丁目。郵便番号は651-0066。

地理

葺合区中央部、山手幹線の北側、生田川の東側に位置する。大部分が住宅地域。

東は北から順に大日通割塚通、南は若菜通、西は生田川を挟み(二宮橋=山手幹線で接続)二宮町、北は神若通。東から順に一~七丁目が置かれる。

一丁目に徳力稲荷、六丁目に神戸ファッション専門学校がある。

歴史

水田地帯であったこの地に熊内橋筋―春日野道筋の南北通りが1900年(明治33年)に着工し、1903年(明治36年)完成、この時、神戸市葺合町の一部から葺合国香通として成立、最初は一丁目がなかった。1931年(昭和6年)から国香通として葺合区の一部、1980年(昭和55年)から中央区の一部。町名は『神戸の町名』によれば、澄覚法親王布引の滝について詠んだ「布引の滝津瀬かけて難波津や梅か香るおくる春の浦風」という歌によるといい、また『西摂大観』によれば旧熊内村の「コクガ」という字名から取ったもので「国衙(こくが)」の転じたものであるという。『神戸の町名 改訂版』では「国司の政庁があったとは考えにくいが、平安時代以降は国司の支配する土地―国衙領を国衙と略称する事も行われたので、関係がないとは断じられない」としている[1]

沿革

  • 1916年(大正5年)、葺合町の一部を編入、一丁目ができる。
  • 1931年(昭和6年)、葺合区役所が設けられる。
  • 1934年(昭和9年)、区役所、火災により雲井通二丁目へ移転。
  • 1936年(昭和11年)、阪神急行電鉄が高架で三宮へ乗り入れ。一丁目近くに春日野道駅を設置。
  • 1945年(昭和20年)、若菜通一~七丁目の一部を編入。
  • 1973年(昭和48年)、神若通一~七丁目と境界変更。

人口統計

  • 平成27年国勢調査(2015年10月1日現在)での世帯数960、人口1,595、うち男性734人、女性861人[2]
  • 平成17年国勢調査(2005年10月1日現在)での世帯数786、人口1,315、うち男性643人、女性672人[3]
  • 1988年(昭和63年)の世帯数755・人口1,760[4]
  • 1960年(昭和35年)の世帯数709・人口2,635[4]
  • 1920年(大正9年)の世帯数602・人口2,650[4]
  • 1914年(大正3年)の戸数140・人口529[4]

脚注

参考文献





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