台湾の伝統文学
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広義での台湾の伝統文学とは古文で書かれた作品を意味し、鄭氏政権の時代より継続して発展してきた。鄭氏政権時代の沈光文の文集、鄭経の『東壁楼集』などが代表する作品であり、また東吟社の創立は台湾における詩社の先駆となった。清初、郁永河による『裨海紀遊』、黄叔璥の『台海使槎録』は有名な遊宦の散文である。清代の本土文人である諸羅の王克捷、澎湖の蔡廷蘭、彰化の陳肇興、淡水の黄敬、曹敬、新竹の鄭用錫、林占梅などが代表的な文人である。それ以外に宦遊人士劉家謀の『海音詩』、『観海集』などは当時の社会情況を反映した作品を残している。清末の宦遊人士としては王凱泰、楊浚、林豪、呉子光、唐景崧が、本土詩人としては陳維英、李夢洋、丘逢甲、施士浩などが知られている。特に台南及び台北に着任した唐景崧は地方文学を盛んにして、詩歌を台湾に普及させた点が評価されている。 これらの伝統的な文学は日本統治時代になっても発展を続け、連雅堂が発行した月刊誌『台湾詩薈』では伝統的な文学の記録に大きく貢献している。またこの時期には台湾全島で370を越える詩社が成立し、その中でも台湾中部の櫟社、南部の南社、北部の瀛社などが代表的なものである。そして頼和、周定山、陳虚谷、王敏川、林荊南等の新旧文学双方で活躍する文人も登場している。日本統治時代の文学雑誌としては『詩報』が最も歴史あるものとして観光され、それ以外に『風月報』(『南方』)、『台湾文芸叢誌』、『崇聖道徳報』、『南瀛佛教会報』などにより多くの伝統的な文学作品が発表されている。日本統治時代の台湾文壇を代表する林献堂の作品としては1927年に台湾文化協会が分裂した際に欧米を遊学した際の『環球遊記』が代表作として知られている。林献堂は1927年から1954年にかけて『灌園日記』を発表、台湾文学史上最も重要な私文学として高い評価を受けている。このほか張麗俊の『水竹居主人日記』は櫟社の研究内容を紹介するものであり、日本統治時代の地方文学、経済、社会などの文化を紹介した作品も登場している。 この他『台湾日日新報』、『台南新報』、『台湾新聞』、『台湾民報』、『昭和新報』、『三六九小報』、『南瀛新報』などの新聞が発行され、伝統的な台湾の文学を紹介する媒体となっていた。
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