占星術師業と論争
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/02/14 11:00 UTC 版)
「エヴァンジェリン・アダムズ」の記事における「占星術師業と論争」の解説
アダムズが書籍の出版に取り組み、一般的なメディアに露出するようになっていったのは、彼女の占星術師としての職歴の最後に近い時期である。彼女はその経歴の大部分を、直接の面談や、郵便のやりとりによるコンサルティングに基づく占星術師としての業務を成功させた。成功によって、彼女は何人もの助手や、速記者たちを雇うまでになっていた。長年にわたって、アダムズはクロウリーをゴーストライターとして雇っていた。両者の仕事上の関係は、最後には辛辣な対立を孕むものになってゆき、クロウリーの著作『General Principles of Astrology』をめぐって、「本当は誰がどの記述を書いたか (who really wrote what)」をめぐる著作権の争いに発展した。この件は、本の著作権はクロウリーのものだが、アダムズの貢献を認めるという形で決着した。 アダムズは、運勢判断(英語版)をおこなったことを理由に、ニューヨークで逮捕されたことが3回、1911年と1914年、1923年にそれぞれあった。当時は、占星術を事業としておこなう事は合法ではないとされていたが、彼女に対して申し立てられた訴えは、いずれも退けられ、特に1914年5月の法廷では、アダムズが裁判官の息子の性格について、誕生日の情報だけから、占星術に基づいて読み通し、裁判官は「すべての悪事について (of all wrong doing)」無罪と判断し、彼女の技能を称賛したことが広く知れ渡った。 アダムズは、顧客たちから、彼女の予言に対して相当高額の報酬を受け取っていた。彼女は、株式市場の動向について予言を的中させると言われていた。しかし、著作家キャロル・クリスマン (Carol Krismann) は。次のように記している。 懐疑的な人々は、アダムズには経済に関する知識はなく、彼女の予言は常に曖昧なもので、災難が起こると言いながら具体的な内容は述べていなかったし、実際にこの国が驚異的な株式市場の成長を遂げていた時代に、市場が株価上昇に向かうと予言しただけだったと指摘している。彼女を信じた人々は、しばしば誤った予言のことを忘れており、実際に起こった出来事だけを捉えて、彼女が正確であることの「証明 (prove)」だとしていた 最も広く知られた、アダムズの外れた予言は、1929年の暴落の数週間前に出した「株式は天にまで登る (stocks might climb to heaven)」である。証券アナリストのケネス・フィッシャー(英語版)は、彼女の予言のうち少数の的中したものはうまく宣伝されたが、外したものは、信じられるものを求めていた人々から無視された、と述べている。彼は、アダムズについて、「明らかな偽物で、本当の投資に関する知識もなかった (obvious quack with no real investment knowledge)」と断じている。
※この「占星術師業と論争」の解説は、「エヴァンジェリン・アダムズ」の解説の一部です。
「占星術師業と論争」を含む「エヴァンジェリン・アダムズ」の記事については、「エヴァンジェリン・アダムズ」の概要を参照ください。
- 占星術師業と論争のページへのリンク