冷戦終結後の中立
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/06 14:03 UTC 版)
スイスでは冷戦終結後に「中立のコンセプトの再調整」が行われ、1991年の第一次湾岸戦争ではイラクへの経済制裁措置に参加した。また、スイスは1996年には北大西洋条約機構(NATO)の平和のためのパートナーシップに参加し、1999年にコソボの平和尽力支援のための任意の非武装軍を組織している。2002年には国際連合に正式加盟した。また1995年1月1日、オーストリアは同様に強い中立政策をとっていたスウェーデン・フィンランドとともに欧州連合に参加している。 2011年の多国籍軍によるリビア攻撃で、スイス政府はイギリス軍の車両20台の領土通過を認め、戦闘機の領土通過も承認する方針をとった。この方針には批判が出され連立与党のスイス国民党からも反発があったが、ミシュリン・カルミー=レイ大統領は「『中立』は『無関心』を意味しない」と反論している。 2022年に発生したロシアのウクライナ侵攻は、ヨーロッパにおける中立政策を大きく転換させることにつながった。スウェーデン・フィンランドは中立政策を事実上放棄し、5月12日に北大西洋条約機構への加盟申請を行った。永世中立国であったスイスも対ロシアへの経済制裁に参加し、ロシアによる「非友好国リスト」に掲載されたが、スイスのパスカル・ベリスヴィル国連代表は「中立は例えば国際赤十字の中立とは異なる」「スイスの中立には何の変化もなく、スイスが中立ではなくなったと認識されていることも確認できていません」と述べている。
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