佐野案
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/03 06:12 UTC 版)
「2020年東京オリンピック・パラリンピックのエンブレム」の記事における「佐野案」の解説
「佐野研二郎#東京オリンピックエンブレムに関する騒動」も参照 東京大会開催5年前となる2015年7月24日の夜、東京都庁・都民広場にて、公募コンペで選ばれた佐野研二郎(当時43歳)のデザインが発表・公開された。「ディド(Didot)」「ボドニ(Bodoni)」の2つの書体をヒントに「T」「=」をモチーフにして、多様性(黒)と心臓の鼓動(赤)を表現したデザイン。 しかし、ベルギーのリエージュ劇場のロゴと類似していたことによる使用差し止め訴訟がおこされたことや、展開例写真がインターネット上からの無断転用だったこともあり、同9月1日に白紙撤回となった。佐野が、繰り返される批判やバッシングから家族やスタッフを守る為にも「原作者としての立場で取り下げたい」と要請(模倣や盗作は終始否定)し、これを受けた形だった。 公募は前年の2014年秋で、過去の受賞歴による厳しい参加条件があった。国内100・海外4の計104応募作品(うち8人には招待状を事前送付)から選ばれた佐野エンブレムは、当初案が選定後に大会組織委などから「類似する商標を複数確認した」と指摘され、依頼を受けて佐野自身(と当時の組織委・企画財務局クリエイティブディレクター高崎卓馬)が2度修正したものだったという経緯もあった(次点の原研哉 と葛西薫は繰り上げならず)。パラリンピックエンブレムに関しては、2014年12月に「IPCサイドより、アンバランスなデザインへの危惧共有」という事象があったとされるが、単に非対称を指すかは不明(近年の大会では左右対称なのは2018年平昌パラリンピックのみでもある)。
※この「佐野案」の解説は、「2020年東京オリンピック・パラリンピックのエンブレム」の解説の一部です。
「佐野案」を含む「2020年東京オリンピック・パラリンピックのエンブレム」の記事については、「2020年東京オリンピック・パラリンピックのエンブレム」の概要を参照ください。
- 佐野案のページへのリンク