ワイルド・サモアンとは? わかりやすく解説

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サムラ・アノアイ

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/07/13 13:02 UTC 版)

サムラ・アノアイ
2006年
プロフィール
リングネーム サムゥ
ヘッドシュリンカー・サムゥ
ワイルド・サモアン
ワイルド・サモアン3号
ワイルド・サモアン・サムラ
グレート・サムゥ
タヒチアン・プリンス
サミー・ザ・シルク
本名 サミュエル・フレッド・アノアイ
ニックネーム サモアの怪鳥
身長 189cm
体重 118kg - 125kg
誕生日 (1963-05-29) 1963年5月29日(61歳)
出身地 アメリカ合衆国
カリフォルニア州
サンフランシスコ[1]
トレーナー アファ・アノアイ
デビュー 1980年
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サムラ・アノアイSamula Anoa'i、本名:Samuel Fred Anoa'i1963年5月29日 - )は、アメリカ合衆国プロレスラーカリフォルニア州サンフランシスコ出身[1]サモア系アメリカ人

ワイルド・サモアンズアファ・アノアイの息子であり、レガシーのメンバーだったマヌことアファ・アノアイ・ジュニアの実兄。元WWF世界ヘビー級王者のヨコズナことロドニー・アノアイ、リキシのリングネームで活躍したソロファ・ファトゥ、ソロファの弟のウマガことエディ・ファトゥらは、彼の従弟にあたる、息子はランス・アノアイ[2]

来歴

ワイルド・サモアン

アノアイ・ファミリーの総帥である父親アファ・アノアイのトレーニングのもと、1980年代初頭に10代でデビュー。1983年3月、負傷した叔父シカ・アノアイの代打としてアファのパートナーとなり、ワイルド・サモアンズの3号となってニューヨークWWFに登場[3]。シカの復帰後もWWFでの活動を続け、ボブ・バックランドアンドレ・ザ・ジャイアントダスティ・ローデスジミー・スヌーカなどのスーパースターと対戦した[4]

1984年3月にはWWFとの提携ルートで新日本プロレスワイルド・サモアンThe Wild Samoan)のリングネームで初来日。同年11月開催の『第5回MSGタッグ・リーグ戦』では、来日中止になったカート・ヘニングの代打としてハルク・ホーガンのパートナーに起用されたが、ホーガンが途中帰国したため戦績を残すことはできなかった。以降も新日本の常連外国人となり、1980年代後半は従弟のグレート・コキーナとのタッグで活躍した。

1986年6月26日、遠戚にあたるピーター・メイビアの未亡人リア・メイビア(ザ・ロックの祖母)がプロモートするハワイのポリネシアン・パシフィック・レスリングにて、リック・フレアーNWA世界ヘビー級王座に挑戦[5]。4日後の6月30日にはカナダモントリオールディノ・ブラボーからインターナショナル・ヘビー級王座を奪取、11月にデビッド・シュルツに敗れるまで保持した[6]

サモアン・スワット・チーム

1987年プエルトリコWWCにてサムゥSamu)と名乗り、従弟のファトゥとのタッグチームザ・サモアン・スワット・チームThe Samoan Swat Team)を結成。1988年からはテキサス州ダラスのWCCW(WCWA)に進出、8月12日にケビン&ケリー・フォン・エリックからWCWA世界タッグ王座を奪取した[7]。WCWAではバディ・ロバーツマネージャーを務め、9月12日にはジョン・テータム&ジミー・ジャック・ファンクを破り、テキサス・タッグ王座も獲得している[8]。同年12月にはAWAのイベント "SuperClash III" にも出場した[9]

1989年テッド・ターナーWCWに買収されて間もないNWAミッドアトランティック地区に参戦。ポール・E・デンジャラスリーを新しいマネージャーに迎え、同じヒール陣営のファビュラス・フリーバーズとも共闘。7月23日の『グレート・アメリカン・バッシュ'89』にて行われた5対5の時間差金網デスマッチ「ウォー・ゲーム」にはフリーバーズのマイケル・ヘイズテリー・ゴディジミー・ガービンと組んで出場し、ロード・ウォリアーズスティーブ・ウィリアムスミッドナイト・エクスプレスボビー・イートン&スタン・レーン)のチームと対戦した[10]

WCW離脱後はコキーナを加えたトリオでメキシコUWAにも登場し、1991年1月27日にエル・トレオで開催されたアニバーサリー・ショーにおいて ミル・マスカラスドス・カラスカネックの頂上トリオと対戦している[11]。なお、新日本プロレスにおけるコキーナとワイルド・サモアンのタッグチームも「サモアン・スワット・チーム」と呼称される場合があった。

ヘッドシュリンカーズ

以降もファトゥとのコンビでの活動を続け、テネシー州メンフィスUSWAを経て、1992年よりWWFに復帰。南洋の首狩り族をイメージしたザ・ヘッドシュリンカーズThe Headshrinkers)にチーム名を改称して、父親のアファがマネージャーを担当[12]アースクエイク&タイフーンナチュラル・ディザスターズオーエン・ハート&ココ・B・ウェアのハイ・エナジーなどのチームと抗争を繰り広げ、1993年4月4日の『レッスルマニア9』ではリック&スコットスタイナー・ブラザーズと対戦した[13]

1994年4月26日放送の『マンデー・ナイト・ロウ』ではジャックピエールのザ・ケベッカーズを破り、WWF世界タッグ王座を獲得[14][15]。親子2代に渡る同王座への戴冠を果たしたが、4カ月後の8月28日にショーン・マイケルズ&ディーゼルにタイトルを奪取された[14]

その後はファトゥと共にベビーフェイスに転向して、IRSバンバン・ビガロなどテッド・デビアス率いるミリオンダラー・コーポレーションとの抗争を開始するが、負傷のためWWFを離脱。ファトゥはWWFに残留し、シオネを新パートナーにニュー・ヘッドシュリンカーズを編成した。

サモアン・ギャングスタ・パーティ

WWF離脱後の1995年からは実弟のロイド・アノアイ(LA・スムーズ)や従弟のマット・アノアイ(ビッグ・マッティ・スモールズ)を従え、サモア系アメリカ人ストリートギャングギミックとしたザ・サモアン・ギャングスタ・パーティThe Samoan Gangsta Party)を結成。自身のリングネームもサミー・ザ・シルクSammy the Silk)と改め、ユニットのリーダー格となってインディー団体を転戦。1996年ECWにてニュー・ジャック&ムスタファ・サイードのザ・ギャングスターズを相手に、アフリカ系対サモア系のギャングスタ抗争を展開した[16]

以降、1990年代後半はマットとのコンビまたはシングル・プレイヤーとしてペンシルベニアのPWXやニュージャージーのISPWなど、アメリカ東部のインディー団体に出場。2000年代からはメリーランド州ヘイガーズタウンに本拠を置く "National Wrestling League" にて活動しつつ、アファの主宰する "World Xtreme Wrestling" にもレギュラーで参戦、WXWヘビー級王座を5回に渡って獲得した[17]

2007年3月31日に行われたWWE殿堂の式典では、殿堂入りを果たした父アファと叔父シカのワイルド・サモアンズのインダクターをマット・アノアイと共に務めている[18]

2018年8月21日、武藤敬司のプロデュースする『PRO-WRESTLING MASTERS』後楽園ホール大会への出場で、1991年の新日本プロレス参戦以来となる27年ぶりの来日が実現[19]。当日は大矢剛功&ブラック・タイガーVをパートナーに、藤波辰爾獣神サンダー・ライガー佐野巧真組と6人タッグマッチで対戦した[20]

得意技

獲得タイトル

Lutte Internationale
WWC
  • WWC世界タッグ王座:1回(w / タヒチアン・ウォリアー)[21]
  • WWCカリビアン・タッグ王座:1回(w / ファトゥ[22]
WCCW / WCWA
  • WCWA世界タッグ王座:3回(w / ファトゥ)[7]
  • WCWAテキサス・タッグ王座:1回(w / ファトゥ)[8]
WWF
NWL
  • NWLヘビー級王座:4回
  • NWLタッグ王座:2回(w / ジョン・ランボー)
WXW
  • WXWヘビー級王座:5回[17]

脚注

  1. ^ a b 『新日本プロレス 来日外国人選手 PERFECTカタログ』P57(2002年、日本スポーツ出版社
  2. ^ ランス・アノアイ プロレスリング・ノア公式サイト
  3. ^ WWE Yearly Results 1983”. The History of WWE. 2010年11月4日閲覧。
  4. ^ The WWE matches fought by Samu in 1983”. Wrestlingdata.com. 2014年7月31日閲覧。
  5. ^ The Records of NWA World Heavyweight Championship Matches 1986”. Wrestling-Titles.com. 2010年11月4日閲覧。
  6. ^ a b International Heavyweight Title [Montreal]”. Wrestling-Titles.com. 2010年11月4日閲覧。
  7. ^ a b WCWA World Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年11月4日閲覧。
  8. ^ a b WCWA Texas Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2024年6月28日閲覧。
  9. ^ AWA SuperClash III”. Cagematch.net. 2024年6月28日閲覧。
  10. ^ The Great American Bash 1989 Results”. ProWrestling History.com. 2010年11月4日閲覧。
  11. ^ UWA 16th Anniversary Show Results”. ProWrestling History.com. 2010年11月4日閲覧。
  12. ^ The Headshinkers”. Online World of Wrestling. 2020年6月20日閲覧。
  13. ^ WWF WrestleMania IX”. Cagematch.net. 2024年6月28日閲覧。
  14. ^ a b c WWF World Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年11月4日閲覧。
  15. ^ History of the WWE World Tag Team Championship”. WWE.com. 2010年11月4日閲覧。
  16. ^ ECW Heat Wave 1996 Results”. ProWrestling History.com. 2010年11月4日閲覧。
  17. ^ a b WXW Heavyweight Title”. Solie's Title Histories. 2010年11月4日閲覧。
  18. ^ The Wild Samoans: Bio”. WWE.com. 2024年6月28日閲覧。
  19. ^ 「藤波を倒すのはイージー。ワイルド・サモアン、No1!」W・サモアン来日!”. WRESTLE-1 公式サイト (2018年8月20日). 2018年11月7日閲覧。
  20. ^ 2018年8月21日 (火)「PRO-WRESTLING MASTERS」東京・後楽園ホール大会”. WRESTLE-1 公式サイト (2018年8月21日). 2018年11月7日閲覧。
  21. ^ WWC World Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2024年6月28日閲覧。
  22. ^ WWC Caribbean Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2024年6月28日閲覧。

外部リンク


ワイルド・サモアン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/06/20 14:32 UTC 版)

サムラ・アノアイ」の記事における「ワイルド・サモアン」の解説

アノアイ・ファミリー総帥である父親アファ・アノアイトレーニングのもと、1980年代初頭10代デビュー1983年3月負傷した叔父シカ・アノアイ代打としてアファのパートナーとなり、ワイルド・サモアンズ3号となってニューヨークWWF登場シカ復帰後もWWFでの活動続けボブ・バックランドアンドレ・ザ・ジャイアントダスティ・ローデスジミー・スヌーカなどのスーパースター対戦した1984年3月にはWWFとの提携ルート新日本プロレスにワイルド・サモアン(The Wild Samoan)のリングネーム初来日同年11月開催の『第5回MSGタッグ・リーグ戦』では、来日中止になったカート・ヘニング代打としてハルク・ホーガンパートナー起用されたが、ホーガン途中帰国したため戦績を残すことはできなかった。以降新日本常連外国人となり、1980年代後半従弟のグレート・コキーナとのタッグ活躍した1986年6月26日遠戚にあたるピーター・メイビア未亡人リア・メイビア(ザ・ロック祖母)がプロモートするハワイのポリネシアン・パシフィック・レスリングにて、リック・フレアーNWA世界ヘビー級王座挑戦4日後の6月30日にはカナダモントリオールディノ・ブラボーからインターナショナル・ヘビー級王座奪取11月デビッド・シュルツ敗れるまで保持した

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